第2話 踊るマリオネット

 遊園地の遊び方がわからない少女が、ふたり。


(遊びに出るときは大抵シーシャと一緒だったから、あの子がいないと何していいかわからん……)

(い、一般的な悪魔はこういう時、何をして遊ぶものなんですか……っ?)


 ビビッドでカラフルなテーマパークの風景とは対照的に、気まずい沈黙が流れる。


「あー……そうだ。とりあえずシーシャへのお土産を確保したいんだけど」

「は……はいっ、そうですね! あのお嬢さんには恩がありますから、もちろんです! 何を買っていきますか? 家具でも車でもポータルでシュッと運びますよ」

「そんなモン遊園地に売ってるわけが……え、車買ってくれるの? まじか……」


 情けなくも一瞬だけ揺らいだ意思に、ネオンは脳内で自分で自分をビンタした。


(いやいやいや、いくら何でもこっちにも矜持ってものがある!)


 煌びやかに派手な外出着のフルーレティと、古びたスーツの自分。

 傍から見たら自分の存在はきっと、はしゃぐ貴族を連れた従者にしか見えないだろう。

 その事実がネオンを無性に悔しい気持ちにさせた。


「あ、あと、ショーが十二時からって言ってた。そこそこ時間あるなあ……」

「ねえねえ、ネオンさん」

「なに」

「あそこで泣いている少女も、何かの出し物ですか?」

「いや、違うでしょ……迷子か何かじゃないの」

「もし、お嬢さん、どうして一人で泣いているんですか?」

「ちょっ……!」


 ずかずかと少女へ近づいていくフルーレティの背中を、慌てて追う。


「えっ……」


 少女は驚いてフルーレティを見上げ、頬を染めた。

 多少理不尽だが、見た目が美しいというのはある程度、相手の警戒を解く力があるのだろう。詐欺師が詐欺をはたらく際には身なりを整えるというのも、納得できる話だ。


「あ……ええと、遊園地に来たら色々思い出してしまって……わたし、マリオネットショーのキャストをするために今日ここに来たんですが」

「可愛らしい球体関節ですね」

「あああ、ありがとうございます……!」

「ナンパするために声をかけたんだったら、本気で私帰るけど」

「ち、違いますっ! 私は純粋に泣いている子を放っておけなかっただけで、不埒な行為をはたらいたわけでは……っ!」


 わたわたと慌てるフルーレティに、マリオネットの少女は、立ち上がってぺこりと頭を下げた。


「お気を遣わせてしまって、すみません。家出した父のことを思い出していただけなんです」

「お父上が家出をしたのですか」

「はい、十年前にいなくなって、今はどこで何をしているかもわかりません」

「それはもはや失踪では……」

「それで、なぜ涙を? 遊園地でお父上との思い出に浸っていたのですか?」

「いえ、私の母さんが、お前は遊園地のピエロに孕まされて出来た子よって言っていたのを思い出して、この遊園地が私の作られた場所なんだと思ったら感慨深くて……」

「サイコでしょあんた」

「マリオネットも生殖で生まれるのですか? 他種族の生態は知らないことが多く勉強になります」

「あんたも食いつくところはそこなの?」

「はい、生殖を通して子宮を持つ種族の体内で身体が作られるケースと、既に作られた人形に後付けで魂を宿すケースがありまして」

「広げなくていいよマリオネットの生殖の話」

「後者は魂を移す技術に優れていなければ失敗しやすく非常に難しくて、だけどごく稀に自然発生的に魂が宿るレアケースも存在し奇跡という他なく」

「広げんなって言ってんでしょ!」


 ネオンは肩で息をした。

 なんだか、とても変わった子に声をかけてしまったのかもしれない。


「母さんは今でも父さんのことが大好きなんです」

「そんな最悪の馴れ初めで!? 大丈夫なの、その夫婦……!?」

「だからわたし、母さんを捨てて出ていった父さんに再会したら、思わず刺し殺してしまうかもしれない」

「私もうこの世界観ついていけないんだけど……」

「わたしの母さんが、あの男がいなくてどれだけ心を痛めているか……! そんな母さんを支えたくて、わたし……!」

「その際は、私に協力できることがありましたら何でも相談してください。伊達に上級悪魔ってワケじゃありませんから」

「はい……っ!」


 少女は再びお辞儀をする。


「あ、それではわたし、そろそろショーの準備に戻ります」

「頑張ってくださいね。私たちもチケットを取っているんですよ、十二時の回」

「えっ、そうなんですか! わたし、アメジスタって言います。わたしのパフォーマンス、ぜひ楽しみにしていてください!」

「さっきの話を聞いた後だと楽しみづらいな……」


 ネオンの目が遠いショートテントを眺めた。









「たっ、大変だ――っ!!」


「今度はなんだよクソ遊園地!!」


 にわかに広場が騒がしくなったのを見て、ネオンは大声で吼えた。


「銃を持った男が、ピエロを追いかけ回してるんだ!」


 群衆の中からそんな声が聞こえてくる。

 ネオンはレッグホルダーに触れて、愛用の銃を確かめた。


「ネオンさん、事件のようですね。ここは二人でサクっと解決して、絆の力を見せつけましょう」

「あんたとそこまでの関係値はない」


 わかりやすくフルーレティのテンションが上がっていくのを感じて、ネオンは溜め息をついた。仕方ない、悪魔は純粋であればあるほど事件が大好きなのだ。


「それにしたって何でピエロが襲われてんの? コルロフォビアか、もしくはその逆?」


 銃声のする方に駆けつけながら、ネオンは呟いた。

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