第4話 愛の口上を叫びましょう

「やーらーれーたーっ!」

「早っ、何があったの?」


 フロアに突っ伏すナベリウス。アブサンの頼みで、バーバチカを瘴気の届かない他の部屋へ避難させて帰ってきたらコレである。

 ぺたりと垂れた獣の尻尾とアブサンの花とを、ネオンは交互に何度も見る。


「あ、あなたそんなに強いの?」

「いえ、その……」

「なぜわかった、ボク、いや我は純愛モノとか読むと泣いちゃうタイプなんだああ……!」

「私たちがどうして毒の加護を求めているのか、そして私とチカちゃんがどれほど愛し合っているかを力説したら、ご覧の通りで」

「じゃあ最初から戦闘いらなかったじゃんか!」


 緊張感のない騒ぎが届いたのか、避難したはずのバーバチカが、スッと現れる。


「いえ、おかげさまで私たち、いえ私、また教訓を得ましたわ」

「チカちゃん!」

「私が馬鹿でした。善意や好意を盾に、恋人の意向を確かめることなく行動してしまい……あーちゃんの言う通り、きちんと相談するべきでした」

「そんな顔しないで、チカちゃんの気持ちは本当に嬉しかったよ!」

「うええええん、たった今聞いたノンフィクション恋愛ドラマの続編が目の前で放送されてるうう」

「うっさい、似たシーンはもうこの前見たんだよ!」


 デジャヴを感じてネオンはたまらず叫んだ。

 

「あーちゃん、本当にごめんね」

「私こそごめん。本当はもっと早く駆けつけたかったけど、マロムンの配信リアタイしてたら遅くなっちゃって……」

「へ、へぇ……」

「言うなそういうことは。というかあいつらの視聴者なのかよ」


 デジャヴの原因はまさにそいつらだと、ネオンは少し前の依頼を思い出した。

 リスナーは配信者に似るってそういうことか? いや元気そうで何よりだけど。


「よし、我がいつまでも腑抜けていては示しがつかんな! それにしても……貴公、ずいぶんと無茶をしてくれたな?」


 いつの間にかナベリウスが涙を拭って、どこからともなく召喚した玉座に飛び乗っていた。

 よく見ると爪先で思い切り背伸びをしている。ネオンは言うべきか一瞬迷ったが、


「あの、もう素を見ちゃったんで、今から威厳を出そうとしても無理があるんだけど……」

「よ、良いだろう! こんな時でないと恰好をつけられぬのだ!」


 耐え切れずに出た正直な感想に、ナベリウスは顔を真っ赤にした。


「それより貴公、屋敷をぼこぼこ壊すわ、我の魔犬たちを次々吹き飛ばすわ、そんな奴は初めてだぞ!? まあ、久方ぶりに暴れられて、我も楽しかったがな!」

「そりゃどうも……貴族ってやつはどうにも苦手な性分で、つい」

「何ぞ嫌な記憶でもあるのか? 貴族社会も、貴公らが思うより一枚岩ではないのだがな……まあよい、我は貴公が気に入った。何か望みがあって来たのだろう?」


 ナベリウスはにっこりと笑い、尻尾を伸ばしてマントをばさりと靡かせた。


「ああ、それならこの子の願いを聞いてやって。私の依頼人なの」

「ボディーガード様っ……! ありがとうございます!」


 バーバチカが花のような笑顔で微笑む。それが無性にくすぐったくなって、ネオンはふいと目を逸らした。


「ふむ、そちらの少女に毒の加護を与えるのであったな。それだけで良いのか? 貴公自身は?」

「えっ、私も何か貰える感じ?」


 ナベリウスは玉座から飛び降りて、至近距離からネオンの瞳をじっと見上げた。


「……いや、貴公の魂には、既に何者かの強力な加護が在るようだ。我の介入は無粋、無用だな」

「なにそれ初めて知った!? 加護? いつの間に」

「おや、心当たりがないのか? なんとも不思議な話よ……」


(私が会ったことある上級悪魔って、あのクソガキ女を除けばフラウロス様だけ……あいつか私に何かした覚えは全く無いし、まさか、フラウロス様が私に!?)


 一気に頬に熱が昇り、鼓動が早くなる。憧れの存在に知らぬうちに守られていた可能性に、ネオンの胸はぎゅっと疼いた。


「我には、誰が施した加護か、具体的にどんな効果があるのか、見当がつかぬ。だが間違いなく貴公を守って掛けられたものだ、誇るが良いだろう」

「あ、ありがとう……」


 ネオンは、らしくなく清淑にお礼を述べた。


「さて、それでは死蝶の少女に、お望みの加護を授けてやろう! ほら、こちらに寄るがいい」

「はいっ、よろしくお願いします……!」


 ナベリウスが浮かべた魔導書の下に、バーバチカはゆっくりと歩みを進める。


「偉大なる悪魔侯爵、ナベリウスの名において」

「凛と広げた墨染めの羽へ」

「我が力をもって厚き毒の加護を」

「零れる奇跡はノーブレス・オブリージュ」

「今ここに施さん……って何だアルラウネお前は! 我の口上に入ってくるな!」

「すみません、楽しくなっちゃって」

「百歩譲ってそれはいいとして何だ、零れる奇跡はノーブレスオブリージュって! お前らが我らの義務を説くな、お客様は神様ですと客が言ったらひんしゅくを買うようなものだぞ!」

「あの、早くしてもらえます?」


 意外と気が合うのかもしれないナベリウスとアブサンの掛け合いに、ネオンは思わず突っ込んでいた。


(なんだか、意外な収穫だったな……私の魂に与えられた加護、いったい何の力で、誰が……? そのおかげで、生き抜いて来れたの? 考えたいことはいっぱいあるけど)


 眩しい魔力の光が、バーバチカを包み込む。

 顔をくしゃくしゃにして涙を零しながら笑い、この世の幸せを全部煮詰めたように抱き合うバーバチカとアブサンを見て、ネオンは頬を緩め、わずかに口角を上げた。


(今は、まあ、いいか)









「……ただいま帰りました、レティ様」

「おかえりなさいヴェルヴェット。色々と大変だったみたいですね」

「はい、ご心配をおかけしました」


 フルーレティ邸へと帰還したヴェルヴェットは、深く頭を下げた。


「申し訳ございません、私ったらコーヒーのことをすっかり失念してしまい……」

「いいんですよあんなの口実なんですから。ところで、どうでした?」

「どう、と言われましても……」


 ヴェルヴェットは少しの間を置いて、問いかける。


「あの、レティ様は、私の身体について、なにかご存じですか」

「え?」

「時折、この身が自分のものでないような心地がするのです……」


 土塊から再生した手首を、もう片方の手でそっと握り締める。

 脈のない自分の身を、ヴェルヴェットは初めて恐ろしく思った。

 ヴェルヴェットの言葉を受けて、フルーレティは考え込む。 


(身体が自分のものではないような、ですか。うーん、ヴェルヴェットが誰かの墓地の土から生まれたことが関係しているのでしょうか……しかし魂と肉体の結びつきについては地獄でもまだ不明なことが多く、それこそ専門家や研究者レベルでないと……)


「身体の不調ですか? 気になるのでしたら、詳しく調べさせましょうか」

「……いえ、レティ様がご存じないのでしたら良いのです。もうしばらく様子を伺います」

「そうですか? 必要になったらいつでも言ってくださいね」

「ありがとうございます。では、私は失礼します」


 静かに閉じていく扉を、やがてそこに気配が消えても、フルーレティはしばらく見守っていた。





【完】





第三章の登場人物紹介



ネオン・ライト

名前の由来:そのまま。ピカピカ光るアレ。

十番街のボディーガード。

毒や炎に強く、日光や聖なる力に弱い。一般的な悪魔レベルの耐性持ち。

戦闘能力は上級悪魔を含めなければ上位ランク。上級悪魔は別格。


シーシャ

名前の由来:煙の出るアレ。掴み所のないイメージから。

十番街のインスタントコーヒー屋さん。

日光や聖なる力に加え、炎、湿気のない場所、虫など、弱点が多い。

素の戦闘能力は皆無だが、魔具を使う程度の魔力はある。


フルーレティ

名前の由来:伝承の悪魔の名前から。上級悪魔は全てこの由来。

十番街の悪魔貴族。

万能の耐性を持つ。治癒能力もある。それでも上級悪魔の間では中の下くらいの強さ。

彼女が付与できるのは主に氷の能力だが、上位互換が沢山いるため付与を依頼されることは少ない。


ヴェルヴェット

名前の由来:滑らかで光沢のあるアレ。品のある従者のイメージから。

フルーレティ邸のメイド長。

とにかく流水に弱い。聖なる力も苦手。それ以外は倒されてもすぐに復活できるらしい。

上級悪魔の従者らしく、そこそこ戦闘はこなせる。が、少し抜けている節がある。



ナベリウス

種族:上級悪魔

九番街の一画を取り仕切る貴族。

魔犬を使役できるほか、自らも何通りかの獣の姿に変身できる。毒や炎の加護を与えることもできる。

変身や加護の付与について、個人差はあれど、上級悪魔ならば皆が持っている能力である。



バーバチカ

種族:蝶の悪魔(死蝶)

配達人。フルーレティ邸はお得意先。恋人が特定のアイドルを追いかけているのはちょっと複雑。


アブサン

種族:アルラウネ

体内で毒を生成する猛毒種。地獄アイドルHallowe♡enのマロ推し。推しと恋人は別と言い切るタイプ。

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