第93話 ラストスパート(20)
恵の足が素早く動いていく。「603」との走りで得たリズムよくペダルを回す動きだ。速度を上げていく。詰まっていた有紀もペースを上げて恵の後につく。
後方の異変に妃美香が気づいた。
(火がつきましたか。理由は分かりませんが、少しは楽しませてくれるかしら)
妃美香がニヤリとして林道を駆け上がる。ペースをあげる恵の目が妃美香の背中をロックオンすると走りを取り込んでいく。恵の腰の位置、足の動きが変わっていく。多少のスリップはあるものの、力強く上っていく。
後ろを走る有紀が恵の動きに息をのむ。
(凄い。止まっていた動きから、一気に上っていく。この動き、神沢を真似ているの?まだ雑だけど技量が足りないぶんを力でカバーしている。神沢を確実に追っている。私が受けたあの時の気迫、いやそれ以上に追い上げるものがある。いけるか!)
妃美香の背中を追い恵が駆け上がっていく。恵の目が妃美香を追うと同時に、わずかな路面の状況をも把握していく。滑りにくい箇所を選び走っていく。妃美香に近づいていく。絶対的で重いオーラ放つ背中に食い込んでいく気迫。それを妃美香は背中から全身で感じる。
(これですわ。これが、わたくしが待っていたもの。なら、ついてこれて)
妃美香が勢いをつけて駆け上がる。それに寸分も遅れず恵はついていく。妃美香が振り払おうと加速をするが、恵は遅れずついていく。それどころか差をどんどん詰めていった。
「これならどうかしら」
妃美香がさらに加速する。
「⁉」
妃美香の背中を鋭い黄色の気迫が貫いていく。思わず後方を確認する妃美香の目は大きく見開いた。
狭い林道。恵の前輪は妃美香の後輪を追い越している。
(わたくしを追い抜こうとしている。ありえませんわ。あの人以外がわたくしの前を走るなど)
妃美香の目が激しい怒りの色をおびる。さらに加速していく。恵も遅れず再びアタックする。いつでも抜く姿勢を崩すことなく後ろから突いていく。妃美香がかわし、恵が突く。いつ転倒してもおかしくない激しい攻防が繰り広げられていた。お互いの気迫をぶつけ合う姿は林道を駆け抜けながら続けられる。何度振り払っても追い続ける恵の姿を見る妃美香の瞳が、黒い光を放ちながら透きとおっていく。
(あり得ないと思ったけど、いま認めますわ。今までにわたくしに真っ向からぶつかってきた人。そして、わたくしの全てを見せることができた人が2人いる。1人はあの人。もう1人は奈美。この気迫。良いわ。水城恵、もっと、底を見せなさい!)
妃美香が恵の横に並ぶ。
2人が一斉に林道から飛び出してきた。その姿を奈美が見つめる。
奈美が見つめる二人の姿。それは、まさに孤高の女王が高みから若き騎士と剣を交えている姿であった。
互いが正面を向き合い、一撃一撃、懸命に打ち合う姿。激闘の姿。
(恵ちゃん凄い。妃美香が・・・・・・あの妃美香が正面から向き合ってる。恵ちゃんに引き付けられてぶつかり合っている。そう、私も・・・・・・やっぱり、私も走りたい)
会場から一気に歓声が沸き上がる。
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