第83話 ラストスパート(10)

(1周目が終わった。ここで追いつかないとあとがない)


 恵は「603」の背中にたどり着く。平坦なコースでは「603」がその力を発揮する。一気にスピードを増して恵を引き離していく。「602」も同じだった。有紀に取り付く勢いで追い上げる。有紀も妃美香を追う。当然、妃美香はかわす。誰もが前の選手に取りつこうとアタックする。  

 

 「603」と恵の間が少しひろがる。恵は懸命に追いかける。アップダウンのコースをかけていく。恵は猛追するが、「603」は取りつく隙を与えない。 

 

(少し距離があるけど気迫はかなりのもの。これが妃美香様が言っていた追い上げる気迫)


「603」は迫る恵の動きをその気迫から読みとった。


 クネクネコースに入る。「603」のペースは崩れない。鉄壁の走りをする。


(ここで仕掛けないと先が厳しい。見え見えでも行くしかない)


 恵はドリンクを素早く口に含むとペースを上げた。「603」へのアタックを開始する。追いあげてくる恵を「603」はその姿を確認するまでもなく感じ取る。


(ここで仕掛けても無駄。悪あがきもいいところ。前に出るチャンスなどないのに。無様ね)


 クネクネコースは直線とカーブが交互に続く。勾配はそれほどないので、直線でスピードを出せる。しかし、カーブでは折り返すことになるので減速することになる。これが5回繰り返されるのだ。よって、調子に乗ってスピードを出すと減速と加速の繰り返しで体力を奪われる。


 ロード選手の「603」にとっては、気にかけることのないコースであった。緩急の少ないペースで走れば問題はなく、ロードでもこれほどコンパクトではないまでも似たような状況のコースはある。「603」は減速することなくカーブを抜けていく。


(えっ!)


 ずっと感じ取っていた追い上げる気迫が、一瞬のうちに迫り、「603」の胸を突き抜けた。思わず振り向きたくなるが、信じられないという思いから振り向くことができない。


(まさか!あり得ない。差は開いていたはず。私に直線で追いつけてない以上、詰める箇所はこのコースにはない。この瞬間に詰めたということ?それしか考えられない。気迫は近い)


 「603」が直線でスピードを上げる。恵の気迫は相変わらず迫ってくる勢いだ。距離を測れる状態ではない。カーブが迫る。わずかに減速をした瞬間、外側から横の視界に入るものがある。黄色のマウンテンバイク、黄色のウェア。恵だ。


(何があった)


 「603」は視界を振り切るように前方を見るとスピードを上げた。

恵の姿は視界から消えたが、すぐ後ろにその姿があることを「603」は追い上げる気迫と共に身体に刻み込まれていった。

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