第82話 ラストスパート(9)

 1周目を終えてスタート地点に戻る。


 妃美香が歓声を受けながら駆け抜けていく。それを追う有紀。その後を「602」が続く。

 若干遅れて、「603」、恵が駆け抜けていく。

 

「恵ちゃん、順位上げてるー!いけー」

「その調子。ペースいいよ!」

「恵、もっと詰めろー!」


 奈美、美樹雄、瞬が声を掛ける。


 たとえ声が届いていなくても、この場に立っていれば声を掛けずにはいられない気持ちになる。それほど、このレースは見る人を興奮させる展開となっていた。


 恵は「603」に意識を集中して追う。そのあとに「604」が続く。その「604」に挑もうとしているのが芽久美であった。


「メグちゃん、行けてる。ファイト!」


 奈美が手を振って応援する。


 選手が通り過ぎていく度に応援の声が飛び交う。



 

 応援ゾーンから少し離れた小高い場所に実況席のテントがある。そのテントのそばに青いキャップを被ったが立っていた。女の子はテントの外に張り出されている出場選手一覧を眺めている。



ーーーーーーートップは神沢選手。それを追うは新川選手だ。この2人のトップ争いは昨年と同じ光景かあーーーーーー


 実況が叫びながら選手を目で追っていく。ふと、女の子の姿が視界に入る。


(あの子は・・・・・・)


 女の子はテントを離れ、人だかりの中に消えていった。


「どうしました?」

 

 隣にいる係員が声を掛けた。ハタっと我に返り実況がすぐさまマイクに声を伝える。


ーーーーーー神沢選手がトップだ。いまやトップ常連の神沢選手も初出場は2位だった。あれは3年前の大会だったでしょうか、神沢選手がトップを追いかける怒濤の走りが光っていた。そしていまや最高位に君臨する女王。さあ、その女王に挑むは新川選手かあ。ほかにも出てくるか。これからの展開にも目が離せないーーーーーー


 実況はその言葉のなかで3年前の大会の光景を思い浮かべていた。自分が発した言葉とは全く違う光景。妃美香が追うという言葉に嘘はなかった。しかし、スタートから妃美香との差は歴然としていた。スピード、コントロール技術、走りのセンスまで全てが妃美香を上回っていた。全国にその名を轟かせていた妃美香に対して、この大会しか出場したことがない選手。ある意味凄まじいレースだった。そのトップの選手はそれ以降プッツリと姿を消した。


(まさか・・・・・・ね)

 

 実況は頭を軽く振りながら笑った。 


ーーーーーーいやあー、私、ロードの大会でも実況の仕事をしたことありますけどね。自転車に乗る女性は綺麗ですね。輝いてる。この大会でもみんな綺麗な人ばっかりで目移りしちゃいますね。おっと、これはセクハラですか。いまの聞き流してください。あー、次回も仕事くださあいーーーーーー

 

 会場から笑い声があがっていた。 

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