第81話 ラストスパート(8)

 恵の目の前には「603」の姿が浮かぶ。猛ダッシュで追いつく恵を一定間隔でかわしていく。後ろにつけないまま、細い林道に入る。ここは力と技術が必要なコースだ。力だけでは速く走れない。路面には湿気を帯びた土が多く、枝や落ち葉もある。ガムシャラに上る恵は、頻繁に後輪をスリップさせる。進みもしなのに無駄に体力を使うのだ。


 「603」はペダルをこぐたびにしっかりと路面とタイヤが密着していた。恵よりもペダルをこぐ速度は遅いが、前に進む距離は一定で積み重ねていく。しだいに恵との距離はひらいていく。


(あれ?練習走行で新川さんの後ろを走っていたときと同じだ。思いっきりペダルこいでいるのに差がひらく・・・・・・どうして?)


 恵は追いつこうと必死でペダルに力を入れる。けれど、力を入れれば入れるだけタイヤはスリップをして前に進まない。


 ギリッ!

 

 歯を食いしばる恵の口の中が土でシャリシャリしていた。


 「603」は確実に前に進む。後ろの気配が薄れていく。


(暴れ馬ってところか。気迫は凄かったけど、てんで走れていない。妃美香様がどうして気にしていたのか分からない)


 「603」は出口に向かい進んでいく。目の前に「602」が有紀を追撃うる姿が見えていた。


 恵はドリンクを口に含んだ。


 ウグッ?


(ウェーッ!うがいするつもりが、土と一緒に飲んじゃった!べーっ)


 口にある土を吐き出すためにドリンクを口にしたが、ペダルをこいだ勢いで飲み込んでしまった。恵は舌を出して自分のドジさを自分にアピールしていた。


(うん?土・・・・・・この土が滑る・・・・・・なぜ前に進む?)


 恵の頭のふとした疑問が浮かび上がる。


(滑るから進まない。進むには・・・・・・)


 先に進む「603」の走りが目に入る。リズムよく一定で走る「603」。その足はペダルを力任せにこぐ動きではない。滑らかに回すような感じ。軽いギアでペダルを回している。


 恵の身体が自然に動いていく。ギアを落とし、力任せに踏みつけていたペダルをクルクルと回していく。スリップをしなくなった。リズムよく前に進んでいく。「603」との距離をかすかに詰める。


(これなんだ!)


 恵が追撃を再開する。



(なに?気迫を盛り返した。距離は遠い。でも、着実に詰めている。まさか)


 「603」が後ろを振り返る。恵の走りを目にした「603」の顔つきが変わり、瞬間、冷静さを失いそうになる。


(私を真似た?一瞬で私の走りを取り入れた。そんなバカなことあるの。だけど、まだ)


 突き上げてくる熱い気迫から逃れるように「603」は一気に出口へと向かって走る。

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