第75話 ラストスパート(2)

 スタート地点に恵が来た時には、すでに周りに選手が集まっていた。


 昨日に引き続き実況が場を盛り上げている。


ーーーーーーさあ、今日最初のレースは、レディースCクラス。距離も短く初心者の参加が多いクラスだ。今期は、最高の42名が参加。これは、混戦が予想されるぞ。だが、しかし、けして退屈なレースじゃない。私もメンバーを見ましたが、これがCクラスかという顔ぶれだ。何かが起きそうな期待膨らむレースーーーーーー


 スタート位置は自由だ。自信があれば前につくことができる。初心者は、気後れもあり自然と後方にさがる。恵は当然、妃美香がいる前方へと進む。

 妃美香の左右と後方にセイントレアの部員がいる。赤の集団だ。


(この人たち、ロードから転向してきたんだ)


 恵はソロリソロリと取り巻きの横につく。恵に気がついた部員がジッと見ている。部員一人一人が妃美香のたんなる付き添いではなく、強力な選手であることはその威圧する気迫からも感じることができた。

 妃美香一人が相手なら闘志も燃え、ガムシャラに突き進むこともできた。しかし、圧倒する気迫を持った5人の選手が間に入っては、その雰囲気にのまれてもおかしくなかった。さすがの恵もいつもの強気が折れそうになっていた。



 ポンと肩をたたく者がいた。恵は振り向く。有紀だ。有紀はチラリと妃美香の方に視線を投げて、恵にホラっという顔をして笑う。


 左右の選手が5人の中でも速そうだと恵に耳打ちをする。有紀らしい冷静な分析だ。


 コツンと恵の背中を突っつくモノがあった。振り返ると芽久美がヘルメットの先で恵の背中を突いて、バーッと手を広げて脅かせるポーズをとりニコリと笑っている。   

その仕草に恵は思わず笑った。

 

 笑うと不思議な感じがした。安心感というか、緊張が和らいぐのだ。有紀も芽久美も当然強敵であり、ライバルである。それが、絶対存在の妃美香のもとに、一人暗闇で道を見失い、震えているところにパッと明かりを灯してくれる仲間にも思えた。


(分かっている。私に余裕なんてない。最初から全力、ラストスパート)


 恵はマウンテンバイクに跨がると、もう一度周りを見渡した。多くの選手の中にいる自分が本当に不思議でおもしろく感じた。


(これは、ただでは済まないな。きっと・・・・・・)


 スラロームのときとはまた違う広くて長い、あのシーンとした感覚を恵は楽しんでいた。


ーーーーーーこのレース、先頭は熾烈な争いになるか。601 神沢妃美香選手、2大会連続のチャンピオン。これを最後にCクラスは卒業だーーーーーー


 実況の声がコースにこだましていた。

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