第14話 初陣への招待状(5)

「よっ、がんばるねー」

 裏山の坂道を必死で上る恵がまず出会ったのは瞬だった。


「ほー、何だ・・・・・おっすげーサイクルコンピュータじゃないか。俺のよりずいぶん新型じゃないか」   


 そう言いながら瞬は恵のサイクロコンピュータをいじりだした。


「ちょっと、変なとこいじらないでよ。せっかく、ここまで走ったんだから」

 

 恵の必死の抵抗にもかかわらず、瞬はあちこちいじり始めた。


「へー、これでタイマーになるんだ。あっ」 


 瞬が右隅にあるボタンを押したとき、恵のすっ飛んだ甲高い悲鳴があたりに響いた。


「あーっ、ちょっとどうしてくれるのよ」

「わりー・・・・・・」


 瞬がボタンを押した瞬間、画面の10の数字が0の点滅に変わったのである。


「おっ、これでリセットか。なるほど」

「『なるほど』じゃないわよ。せっかく半分走ったのよ」

「そんなに怒るなよ」

「怒るわよ!また初めからやり直しじゃない」

「え、やり直しって、何キロ走るんだよ」


 恵はしかめた顔で指を2本立てた。


「はーん。そうか、だったら裏の峠を4往復もすれば終わりさ。がんばれや」


 そう言うと瞬は恵の肩をたたきサッサと退散してしまった。恵は一つ大きなため息をつくと、峠を目指して走り始めた。


 恵がゼイゼイの息で戻って来たときには、すでに美樹雄も瞬も勢揃いであった。


「けっこう遅かったんだね。どこ走ったの?」


 浩一は少し首をかしげて恵にきいた。


 恵は息が荒く、声を出すこともできずにただ指を裏山の方にさした。


「おいおい、張り切りすぎはよくないぞ」


 瞬はそう言いながら恵をからかった。


(だれのせいじゃ!)


 恵はまだ息が荒く言い返す事ができず瞬の頭をはたいた。

 浩一は恵が一息ついたのを見はからって声をかけた。


「まあ、いい。それよりも、実は来月つまり5月の終わりに地元主催の大会がある。相沢と三井は知っていると思うが、一般、チームの区別のない大会だ。したがって、無所属選手、部所属のチーム、一般チームが参加をする。もちろん君たちは朝見高校自転車部のチームとして出場することになる。さっきも言ったようにあらゆる層の選手が出場するので、勉強になると思う」


 浩一はそう言うと参加説明のビラを恵たちに配った。


「あのう・・・・・・」


 恵はビラを見ながら自信なさげに言った。


「ここに丸がついてるんですけど、私も出るんですか?」


 そう言いながら恵が指したのは、クロスカントリー・レディースCの項目だった。


「当たり前だ。水城君、きみはうちの立派な選手なんだから」

「でっ、でもですね。ふつうこういう選手の座っていうのは、ライバルで争ったりするんじゃないのかなあって」


 恵のせっつくような言い方に浩一も瞬もどっと笑った。


「あのなー、ライバルつったって、おめえ以外に女子の部員はいねえんだよ。ど・こ・に選手の座を争う奴がいるんだよ。それに、この大会は一般選手も出場するものだから、学校対抗なんていうものじゃないし」

「あっ・・・・・じゃあ、私、いきなり出られるんですね♡はあーん。なんか得した気分」


 恵の言動に再び浩一と瞬そして奈美が笑った。しかし、ただ美樹雄だけがビラを見つめたまま硬い表情をしていた。


「それでだ、今度の土曜に大会会場で実際に走行練習をする。まだ正式コースは設置されていないが、場所に早く慣れるのは大切なことだ。それに、他のチームの選手とも会うことができるいい機会だ」  

「おーし。どんな奴がいるか楽しみだぜ。なあ、美樹雄」


 瞬はそう言いながら美樹雄の腕をつついた。美樹雄はそれに気付かずにいたので、瞬はこんどは腕を激しく揺すった。


「おい、どうしたんだ?腹でもこわしたか?」

「えっ」


 やっと気付いた美樹雄は、硬い表情のまま笑った。その美樹雄の表情がなぜか恵は気になって仕方がなかった。

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