第13話 初陣への招待状(4)

 恵が戻ってきた頃には男子二人はランニングの最中だった。恵もそれに加わって、一緒にグランドを走った。ランニングが終わると、柔軟運動をする。前屈や足の腱をのばし、簡単なマッサージをする。しかし、恵はどうもこの柔軟運動が苦手であった。ヒョイヒョイとテンポよくやっていく二人に対して、恵はどうもギクシャクして出来損ないのロボットのような感じだった。


「ちょっと、美樹雄。背中押してくれる」


 恵は隣で体を右にねじっていた美樹雄に声をかけた。美樹雄は地べたにペタンと座っている恵の背中に手をあてたとたんに体に電流が走ったように感じた。柔らかく少し丸みをおびた恵の背中からじかに感じる暖かみ。美樹雄は自分の手が微かに震えるのが分かった。意識しないようにしがらも、いや、意識すればするほどなぜか手は震えていくのである。


「アイタタタ。もういい、もういいよ」


 恵の声に美樹雄はハッと手をのけた。


 準備運動が一通り終わったとき、浩一が相変わらずの笑顔で現れた。三人は浩一に気づき恵を先頭に整列した。そして視線は浩一自身から浩一の後ろにいる一人の生徒に注目した。奈美である。


「奈美ちゃん!」


 恵は驚いて声をかけた。奈美は戸惑った表情をしていたが、浩一に促されて横に並んだ。


「今日から自転車部の新しい仲間で北川奈美君だ。まあ、新設部だからいろいろ大変な事があるが、一人でも仲間が多い方がいいのでみんなもよろしく。詳しいことは後で。それでは本日のトレーニングを開始する。相沢と三井はいつものコースを、水城はMTBを持って来るよう。くれぐれも事故のないように」


 浩一がそう言い終わると美樹雄と瞬は競うようにヘルメットをかぶり、MTBを走らせて校門を出ていった。恵は二人を見送った後、頭の中に?マークを連ねながらMTBを取りに行った。


 恵が黄色のMTBを持って戻ってくると浩一と奈美が待っていた。浩一は恵のMTBを受け取り、何やらスピードメーターのような計器を取り付けだした。奈美もその手伝いをしていたので恵は口を挟むことができなかった。作業はすぐに終わった。


「先生。何ですかこれ?」


 恵はハンドルの中央部分に取り付けられた計器を指さした。


「サイクルコンピュータだ。スピードはもちろん走行距離やタイムも出る。GPS付き。まあ、ちょっとしたマネージャーだな。そういうことで」


 浩一はそう言いながらサイクロコンピュータをセットした。


「こいつが20㎞になるまで帰ってくるな」

「えっ?」


 恵は驚いて浩一とMTBを交互に見つめた。


「そんなに驚くことはない。きみならすぐにその距離はこなすさ。まあ、何処を走るかはきみの自由だが」


 なんたる挑戦的な言い方。恵は内心歯ぎしりしながらジャージを脱ぎ、MTBにまたがった。サイクルコンピュータが憎らしくも0の点滅を繰り返していた。恵は笑顔で手を振る浩一を尻目にMTBを走らせた。


「これからが大変だな」


 浩一は恵が見えなくなると、奈美に優しく言った。


「ほんとに私がいていいんですか?」


 奈美は不安そうに浩一を見ると、浩一はにっこりと笑ってうなずいた。


「北川君、きみもすぐにあの子の隣に行きたくなりますよ」

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