第38話 吾妻シレトと神木瑠璃

「シレト、いつまでゲームやってるの」

「ゲーム……?」


 今まで俺は黒曜の剣士と対峙し合っていたはずなのに。

 気が付くと、何故か日本の、吾妻シレトが生きていた世界にいた。


 視界に映ったのは前世で俺が耽溺していたゲームの画面と。

 疲れた表情をした母が嘆息をつく姿だった。


 異世界イルダに居た頃と比べて、身体が重く感じる。

 試しに肩をぐるぐる回すと、肩甲骨あたりがポキポキと鳴っていた。


「母さん」

「何?」

「どうして生きてるんだ?」

「どういう意味? あんたゲームのし過ぎで頭おかしくなってるのよ」


 たしかに、母さんが言っている事も納得する。

 何故かって、この世界での俺はいなくなっているはずなのだから。


「右肩どうかしたの? さっきから気にしてるけど」

「ちょっと痛い」

「風呂にでも入って来たら?」

「そうする」


 母に催促されるようつかった湯船は、格別の居心地だった。天井を見上げて、はぁとため息をこぼしつつ排気口の向こう側を覗くように視線をやると、不可解な心情を覚えてないことに気が付いた。


 どうして俺は前世の頃の身体に立ち返っているのかとか。

 マグマガントレットとの戦場は、今どうなっているのかとか。


 フラストレーションになりそうなことを一切合切忘れさせてくれるよ、お風呂の居心地は。

 それとも前世の俺は嫌なことには目を向けない、極楽とんぼだったかだ。


 したいことだけして。

 やりたいことだけに向かって、それで結果的に自分の首を自ら絞めている。


 ある意味、前世の俺は死んで良かった。


 けど、そんな前世にだって、いい所はある。

 前世の記憶を持って生まれ変わった来世では、嫌なことから目を背けなくなった。


 クロウリー、俺はまだお前達への復讐を果たしてない。


 お前が俺と瓜二つの双子だったとしても。

 この復讐心には正当性がないと言われようとも。

 怒りという覚えたくもない感情に身を支配されようとも。


 それが、いつかはなさねばならない俺の宿命なんだ。


「……しかし、やけに生々しい体験だな」


 前世の身体での湯あみは、実にリアリティあふれるものだった。


 § § §


 そのまま前世の体験は続き、ゲームは早々に止めて通っている学校に登校する。

 前世の俺は不登校気味で、教室に顔を出しても声を掛けてくれる友人などいない。


 机に突っ伏して、ケータイ越しに当時はまっていた洋楽を垂れ流しにして始業を待った。鼻先で学ランについたケミカルな防腐剤の臭いを嗅いで、一人郷愁の念に駆られていた。


 学校の喧噪や地球の文明は、孤独感を紛らわせてくれる。

 まぁ慣れが過ぎるとこれも心を満たす材料にはならないのかもだけど。


 次第に始業のチャイムが鳴り、生徒達が椅子を引く音が聴こえた。


 ――息を吹き返せ! シレト!!


「……フガクの声がする」


 意識下でフガクの声がするあたり、今体感している光景は夢なんだな。


 出来れば、今耳にしている洋楽は手元に残しておきたかったけど、そんな悠長なこと言ってる場合じゃないよな……じゃあ、今俺を前世の記憶に縛り付けている因子はなんだろう。


 転生するさいに出逢った一角獣の神様が、見せてくれているのではないのか?


「吾妻、もうホームルームは始まってるぞ、顔をあげろ」

「はい、すみません」


 フガクの声が聞こえはするものの、学校の授業はいまだ続いていた。

 机に突っ伏していた顔をあげ、前を見ると担任の横に見慣れない制服を着た女子がいた。


「彼女はこの度ご両親の都合でこの町に引っ越して来た転校生だ、これから仲良くしてやってくれ、じゃあ自己紹介してくれるかな?」


 精緻な青毛のボブカットは動くたびにさらさらと揺れ。

 彼女は余り見掛けないようなあか抜けた外見をしていた。


「はい、私は……――神木瑠璃と申します、私は出会わなければいけない人に出会うべく、この学校にはやって来たと思います」


 なんとなく、そうなんだろうと思っていたけど。

 彼女は紛れもなく、俺の知っている神木瑠璃だったようだ。




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