第37話 幽体離脱(ゴーストタッチ)
マグマガントレットの太刀は音速を超えている。
それを証拠に奴が火炎剣を振うと、必ず炸裂音が鳴るんだ。
どんな攻撃だと通さない呪われた黒い甲冑をまとい。
音速を超える太刀筋で、いかような物だろうとねじ伏せる。
さすがは音に聞こえた七大角獣。
その謂われは伊達じゃないと証明するように、マグマガントレットの存在感は大きかった。
「ッ――!」
先ず一撃、マグマガントレットは上段の構えから下に思い切り火炎剣を振り下ろす。
ターゲットだった俺はフガクの短距離転移能力を使い、奴の背後に回る。
「……面白い力だ」
奴は背後に回った俺に、背中で語り掛けていた。
「ッ!」
すると、マグマガントレットは二撃目の太刀を振り向きざまに繰り出す。これまでは一度火炎剣を振った後は、最低でも十秒ほどのためを要していたはずが、俺が相手になると奴は機敏に連撃を繰り出し始めたのだ。
「っ、やっぱり今までは手抜いてたんだな、っ」
「本気を出すまでもない腑抜け共の相手は極力したくなかったまで――だが貴様は違う。私と同じ角持ち、それは強者の証」
まるでサーカスのようだった。
マグマガントレットという猛獣相手に、俺は回避を続けている。
紅蓮に燃え盛るマグマガントレットの火炎剣もあいまって、俺達の戦闘は派手も派手で。
「ッ! ッ! ッッ!」
次第に音速を超える剣戟は、常人の目に映らない壮絶なものになっていった。
このままだと回避し切れない!
しかし、回避し切れないなら、奴の剣を受けるべきなのだ。
「――ダっ!!」
奴の火炎剣を白羽取りの要領で止めると、手の平から鋭い痛みが走った。
何の比喩でもなく、俺の両手は火炎剣によって燃えている。
酷い激痛に、手を離そうと思っても、両手は熱で溶接されたようにくっついていた。
「ぐ、が!」
「……よく見てみろ、自分を」
マグマガントレットは苦しむ俺に、自分を見詰めるよう語り掛けていた。
「摂氏二千度を超える剣を、素手で受け止めてみせるその身体はもはや人間ではない」
どうでもいいから、届け。
人差し指だけでもお前に触れることが出来れば、俺の勝ちだ。
しかし、肝心の両手は奴の剣を止めるべく、両者の間で燃え盛っている。
「離せ、両腕がもがれようとも、再生能力があるだろう」
「クソっ!」
マグマガントレットに打診される頃には、俺の両手は黒ずみになっていた。
転移能力を使い、両手を置き去りにして中空へと逃げる。
その後急いで角から生成した秘薬を使い、文字通り両手を再生させた。
「空か――」
マグマガントレットは中空に逃げた俺に迫るよう、飛翔して見せた。
「死ぬほど痛かったぞ」
「……私の相手は皆そう言う、言われるたびに思うのだ、なら次こそ御託を抜かせないよう仕留めてみせると」
奴の明確な殺意を感じる。
感じた傍から、脳裏で彼女のことを思い始めていた。
――マリア。
姉譲りの紅蓮の髪の毛に、赤い瞳。
切れ長の目は姉とは似つかぬ慈母性を感じる温かみがあった。
「何にうつつを抜かしている」
「……お前を倒した後のことだよ」
「叶わぬ夢にもほどがある」
マグマガントレットはそう挑発すると、目にも止まらぬ剣捌きを見せた。
奴が振るった火炎剣から単独の炎が発生し、それは何重にも発生して俺を囲んでいる。
「これは滅多に見せない、見せる相手が今までいなかった」
という奴の口振りから察するに、俺はある意味認められたようだ。
奴が今まで無造作に、そして見下すように振るってきた剣とは違い。
紅蓮の炎が俺を包み込む光景は、奴の武器とも言える――技。
奴が好敵手と認めた相手のみに見せる、壮観な景色の一つだったらしい。
「絶命秘技・大火千鳥」
周囲を囲む幾重もの火炎が鳥の如く舞い飛び。
奴の技に曝された俺は、分裂体をダミーとして残し、短距離転移して逃げる。
「分裂したか、どこまでも面白い小僧だ。だが逃げるだけでは勝利を手中に出来ない」
そんなこと、わかっている。
奴が繰り出した火炎の鳥は分裂体を焼いた後、すぐさま本体の俺に向かって羽ばたき始めた。ハーピーから頂戴した飛行能力を駆使し、円を描くように空を逃げ回っている。
俺に迫る火炎の鳥は赤い尾を引いて、次第に辺りの空は真っ赤に燃え始めていた。
「私は熱を隷属している、故に、この火炎、どこまでいけども収まることなし」
眠れる獅子を起こしてしまったとでも言うのか。
俺を追って来る火炎の鳥は火の粉を散らし、新たな火炎の鳥を次々と生む。
水流ブレスを後方に幾度か吐こうとも、吐いたそばから蒸発されてしまう。
逃げ惑うばかりでは――奴に敵わないのはわかってる。
かといって攻め入る余地がない、どうすればいい。
「っ勝負だマグマガントレット!」
ならいっそのこと、火炎の千鳥を受けてみせる!
先ず一匹の火炎の鳥を水流ブレスを集中させて撃ち落とし。
次に襲い掛かった二匹目の奴は、手で掌握して消してみせる。
後頭部に回った三匹目は、無視して前進。
前方から襲い来る千鳥にのみ集中するよう水流ブレスを目一杯吐いた。
「……ようやっと、向かって来るか――小僧」
たった十センチ、たった一メートルの距離だろうと、俺は確実にマグマガントレットへと向かい始め出した。全身を烈火の炎に焼かれようとも、秘薬をこまめに使いつつ再生させながら、奴に接近して行った。
数十秒後、奴の黒い甲冑に手の先が触れると思わず笑ってしまったんだ。
「これじゃあどっちがモンスターだかわからないな」
「笑止――――ッ!」
黒焦げとなった俺に向けて、マグマガントレットは渾身の袈裟斬りを見舞い。
奴の刃は肩から右胴に向けて通り過ぎ、身体は真っ二つになってしまった。
あながち、これが俺の狙いだった。
マグマガントレットに敗れ、魂となって、その場を彷徨う。
モンスターの力を吸収することが出来る俺なら、まだやれることがあるはずで。
魂だけとなった俺は、マグマガントレットに忍び足で近づき、奴の――肉体に触れた。その時インスピレーションのように奴の能力を十全と理解し、さらにはマグマガントレットのステータスが俺に加算される。
問題は後はどうやって生き返るかだが――そこは復活の魔法があるこの世界だ。
「シレトォ!!」
マグマガントレットに断ち切られた俺の肉体を、フガクが回収し、すぐさま後方へと下がらせた。
後はフガクが俺の身体に復活の魔法を掛ければ、勝利はもう目の前だった。
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