第30話 千人長、フガク

 賢者の塔をあとにした俺達は、ロージャンの提案で正門近くにある酒場に向かった。


「これで最期になるかもだろ? なら盛大に飲もうぜ、どーせ二日後にはマグマガントレットがやって来る、二日酔いできるのも今日明日のタイミングだけだ」


「どうでもいいが、俺は金持ってないぞ」


「は?」


 は? って……オーク討伐の時に貰っていた残金は、死神ジャックに授業料として持っていかれた。所持金はなかったが、今回ここに来たのはロージャンが言いだしたことだし、なによりロージャンは負傷兵の治療に従事していた背景もあったから、結構貯蓄があるものだと思っていた。


「……どうすんだよオメー、俺もそこまで持ってねぇぞこら」

「なら店主に事情を説明して、さっさと店を出よう」

「ふっざっけんなこら! 金がないぐらいなんだ! こんな時だし、店も大目に見てくれっだろ」


 楽観視が過ぎると思うけど、お互いにお腹が減ってるのは事実だし、ここはロージャンに乗ってみるか。


「おい姉ちゃん、酒をガンガン持って来てくれよ、それと肴な」

「はーい、少々お待ちをー」


 だけど、テーブルにお酒や料理が代わる代わる持ってこられる度、俺はちょっとした畏怖を覚える。テーブルに持ってこられる美酒佳肴の一品一品に、罪悪感が比例するよう膨らんでいくのだ。


 最初は進んでいた俺達の箸も、みるみると勢いをなくしていった。


「ちょっとトイレ」


 と、席を立ったロージャン。

 嫌な予感がした俺はすぐさま奴の服の裾を掴んだ。


「逃げるつもりだろ?」


「そ、そんなわけ、ね、ねーだろ、テメエこそ、さっきから何も口にしなくなったな。むしろ逃げる算段してたのはおめえの方じゃねぇかっつーの」


「お待たせしましたー、アワビの蒸し焼きと、大黒海老の地獄焼きと、それとフォウの名物、大蟹のしゃぶしゃぶですぅー、さらに当店自慢の地元酒をどーんと持って来ましたー」


 俺達の罪悪感とは関係なく、追加の料理や酒が持ってこられる。


「……美味そうだな、食えよ」


 ロージャンは俺に料理を勧めると、新しい割り箸を用意していた。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 大きな蟹の足をもぎ、殻を割って用意された湯銭で二度三度すすぐと、蟹の肉は花のようにふわっと広がる。しゃぶしゃぶを終えた後は柑橘系の果物の汁が足されたソースにひたして、一飲みで咥える。


「美味いか?」

「至福の味がする」

「じゃあここの責任はシレトちゃんが持つってことで、しくよろ~」


 と言われた瞬間、ある人影が目に入り、席を立つと。


「テメエ逃げんじゃねぇこら!」

「違う、俺達の救世主を見つけたんだ」

「あ?」


 ロージャンにその人物を示唆すると、見るなり納得したようだ。

 その人物が同じ店にやって来たのは、本当に偶然のことだった。


「フガクだよな?」

「――まさか、シレトか? おお、生きていたのか」


 その人物とは、俺の級友であるリザードマン種のフガクだった。

 先ずはお互いに、また生きて挨拶を交わした喜びを分かち合うようハグした。


「フガクくんちーす、ご無沙汰だな」

「ロージャンまでいるのか、という事はシレトも黒曜の剣士の討伐に加わるつもりか?」


「討伐? 黒曜の剣士にちょっとした用はあるけど、討伐に加わるかどうかは決めてないな」


 そう言うとフガクは下をうつむき、何かを考えた後、顔貌を崩し笑っていた。


「なんにしろ、また生きて会えたことが嬉しい」

「俺もだよ」


 お世辞だったかどうかはわからないが、お互いの生存を祝いつつ席に腰を下ろした。ロージャンが俺達を見て郷愁の念にみちた眼差しを向けつつ、顎をくいっと動かし、本題に入らせようとしている。


「フガク、今所持金いくらだ?」

「この国の金貨を千枚ほど、しかしどうして聞いた?」


 金貨が千枚あれば、余裕でこの店の食事代が支払える。

 それを知ったロージャンはフガクの肩に手を掛ける。


「さっすがはフガクくん、いやいや、ほんと、どこかの坊ちゃんとは違ってしっかりしてるなぁ~」

「なぁフガク、折り入って頼みがあるんだ、実は――」


 フガクに事情を説明すると、嘆息をついて俺達が元居たテーブルに同席した。

 ここの飲食代はフガクが支払ってくれることで話がまとまる。


「シレト、ここの食事代は確かに俺が払おう、その代り頼みがある」

「出来る限り協力するよ、それで、頼みってなんだ」

「また俺と一緒に、パーティーを組んでくれないか」


 フガクの申し出は、むしろ俺の希望であり、望む所だった。

 すると店のウェイトレスがさらに料理と酒を持ってくる。


「お待たせしましたーフガク様、いつもの定食で宜しかったですよね?」

「ああ、ありがとう」

「いえいえ、フガク様は傾きかけているこの国の戦線を実質一人で支えているんですから、このぐらい当然です、ではごゆっくりー」


 ウェイトレスが去った後、フガクを見詰めていると口を開いた。


「今の俺はこの国の戦士として、千人長の位に就き部下もいる立場なんだ」

「そうだったんだな、出世したなフガク」


 Sランククラスに居た頃、フガクは一人だけ進路を決めかねていた。知らない所では様々な勧誘を受けていたとは思うけど、まさか敵対国の戦士に、それも千人長という責任あるポジションについていたのには少し驚いた。

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