第29話 完成は三日後

「朝になったら、一度首都にいるライオネルの様子を見に行く」

「俺もついて行くぞ」

「そうか」


 ライオネルの様子を見に行くと伝えたら、ロージャンもついて来るらしい。


「一つ聞きたい、マグマガントレットと、やりあったか?」

「……はっきり言って、あれは誰の手にも負えねぇ」


 ロージャンが弱腰になっている。

 マグマガントレットはそれほどの脅威という認識でいいようだ。


「さすがだな」

「ああ? 何がだよ?」


「威勢だけが長所だったロージャンの鼻っ柱を見事に折ったんだ、さすがは七大角獣なんていう尊称持ちだけはあるよな」


 ろこつに言葉でけしかけると、ロージャンは歯ぎしりしながら瞳孔を開いた。


「テメエ舐めてんだろ?」

「舐めてるつもりはないけど、俺の目標は変わらないから」


「じゃあ、何だ!? 俺達の国が滅ぶ寸前まで追い込んだあいつを、テメエは障害の一つぐらいにしか捉えちゃいないのか!? それが舐めてるって言ってんだよッ! いいか!? マグマガントレットは人の力じゃどうにもならない、大災害なんだよ! 下手に奴を刺激するんじゃねぇぞ!」


「俺を止めたかったら、今この場で止めろよ」


 そう言うと、ロージャンは手にしていた食事用のスプーンを俺の首に突き立てた。


「今のに反応すら出来てないクソ雑魚ナメクジが、イキってんじゃねーぞ」

「反論する労力が無駄だから、何も言うつもりはないけど、一つだけ」

「何だ?」

「必ず……突き立ててみせる、俺の復讐の牙だけは」


 翌朝を待ってから、俺達はフォウの首都に向かった。


 姿形は違えこそ、花の都と同じ石造の建築様式をもった首都の景観は華やかで、巨大なアーチ状の正門をくぐった先には中央にそびえる城の外観が薄っすらと見て取れる。


 どこに目をやっても立派な街並みなのに、本来なら耳にできるはずの雑踏はなくて。その代り、フォウの首都には兵士達の怒号が行き交っていた。


 ライオネルの居場所を聞くため、兵士の一人を捕まえると。


「え!? 何!? そんなこと言われても俺は知らないよ!」

「そうか、引き留めて悪かった」

「お前らさぁ、見たらわかるだろ? この国は、ああもういいや、じゃあな!」


 自国民から見ても、国の惨状は度し難いらしい。


「シレト、忙しくしてる奴らの邪魔すんなよ。対マグマガントレットの戦線はとっくに崩壊、今連中は最後の牙城である首都を守るために必死なんだ、文字通りな」


「もしかしたら、ライオネルとは合流できないかもな。ロージャンはこの後どうする?」


 聞くと、ロージャンは左腕で力こぶをつくった。


「なんかお前の不細工な面見てたらやる気が出て来た、今ならマグマガントレットの面に一発噛ませそうな気がすんだよな。俺の力じゃ奴に勝つことはできないけどよ、そーんなんでどうするロージャン!! ここは漢気を見せる所だ」


「……ライオネルを探そう」


「俺の粋な文句を無視すんじゃねぇ、ライオネルならなんとなくだが、居場所掴んだしな」


「そうなのか?」


「ああ、たぶんあっちだ、あっちの建物からでかい魔力流を感じる」


 ライオネルが言うには、城の方角から大きな魔力の流れを肌に感じるらしい。


 ロージャンが示唆した場所へ向かうと、異質な塔があった。塔は時計回りにいびつな螺旋を描きながら空に伸び、塔付近の地上には乱雑に透明なクリスタルが隆起するように生えている。


「これが賢者の塔って奴か、シレトは見たことあるか?」

「いいや、俺が住んでいた王都に賢者はいなかったし」


 とにかく中へ入ってみようと、塔の入り口に向かうと。


「待て、今はこの塔に入るな」


 黒衣の長いローブを着た東洋風の美人が、俺達の入室を止めたてた。


「ここに俺の仲間がいるはずなんだ、俺達はライオネルを迎えに来た」

「という事は、お前がシレトか。なるほど、あの方にどこか似ている」

「見受けた所、貴方は高貴な存在だと思うが、どなたで?」

「私はカグヤと申す、世界十傑と言われている賢者の一人だ。以後お見知りおきを」


 世界でも十人しかいないとされる賢者の一人か。

 美貌もさることながら、妖艶な色香はモンスターである俺でも結構来るものがある。


「賢者様だったか、これは失礼。俺の名はロージャン。最強のチンピラだ」

「知っているよ、お前のこと。弟子の一人がお前の才能を褒めちぎっていた」

「……昔の話は止そうぜ、それよりも、ライオネルはまだ時間掛かりそうなのか?」


 ロージャンが聞くと、賢者はゆっくりと頷いた。


「ライオネルが大魔法を完成させるには、後三日は掛かるだろう」

「一つ聞きたい」

「なんだ?」

「マグマガントレットが猛威を振るってるのに、賢者は動かないのか?」


「その手の質問は聞き飽きたが、あえて答えよう。何故賢者が助けてくれると思った。強いからか? 賢者にすがれば、導いてくれると思うのがそもそも浅薄、自分達は他国にさっさと亡命しているではないか」


 口論するつもりはもうとうなかったけど、言われてみればそうだ。

 世界でも指折りの賢者が、人民を救う理由はないに等しい。


 彼女達は自分で世界を切り開ける存在、国家に依存する必要はないのだ。


「ライオネルに大魔法を教えてやったのは、あの子が知己の孫だったからだ。あの子に教える前にはっきりと言ってやったよ、いくら大魔法を完成させようとも、七大角獣に致命傷を与えることは不可能だと」


「別にいいのでは? それがライオネルの願いなら、仲間である俺は頼もしい限りだ」


 そんたくなしにライオネルが取った選択に賞讃すると、賢者は口元を緩め。


「大魔法の完成は三日後、もし、間に合うようだったらまた訪れるといい」


 そう言い、陽炎のように塔の中へと消えて行った。


「て、ことらしいがどうするんだシレトちゃんよ」

「マグマガントレットの首都到達時刻は、予想だと明後日だったよな?」


 しかし賢者が予言した大魔法の完成は三日後。

 ライオネルが辛苦をともなって費やしている努力は、無駄になるのだろうか。

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