第28話 滅亡の危機
雪国カタルーシャのイェブ領土にある港町に向かうと、男達がざわついていた。
「何かあったのか?」
「出たらしいんだよ、黒曜の剣士が」
ざわついていた一人に尋ねると、思いがけない名前を耳にする。
「それって、七大角獣のマグマガントレット?」
「ああ、お前も今はフォウに向かわない方がいいぞ」
「――いや、好都合だ」
「な、と、飛んだだと!?」
黒曜の剣士がフォウに現れた。
とするとライオネル達がそばにいる可能性は高いし。
フォウが故郷のロージャンが、何も行動を起こさないとは思えない。
今フォウに向かえば、仲間に再会できる可能性が高かった。
ハルピュイアの飛行能力を使い、大海原の上を駆け抜けるようフォウに急いだ。
三日三晩、フォウの国に向けて飛んでいると。
「おーい!」
海上に漂う一隻の救命ボートを発見し、呼ばれるがまま降りた。
「どうした? 船が難破したのか?」
「はい、そうなんです。今フォウの国で黒曜の剣士が無茶して、って貴方は」
救命ボートで海を漂い、俺に助けを求めたのは冒険者ギルドの受付嬢のミーシャだった。彼女の隣には喋る黒猫もいて、他にも数名のギルド関係者らしき人物が負傷した状態でいた。
「うわぁ、よりにもよって賞金首のシレトさんでしたか」
「ミーシャ」
「あ、そ、そうだね、今は四の五の言ってられないか。助けてください」
黒曜の剣士がフォウに現れ、それを恐れた国民が急いで脱出したのはいいが、運悪く船が難破してしまったのだろう。フォウにはまだ件の怪物に対抗している戦士もいるだろうが、中には彼女達のような人もいるよな。
とりあえず。
「ボートを近場の港までけん引してやるから、大人しくしてろよ」
「あ、ありがとう御座います! さすがはSランク冒険者、ってちょっと!」
「何か?」
「そっちはフォウの方角じゃないですか、こま、困ります」
「じゃあこのまま海を彷徨って餓死するか? 見た所、中には重傷者もいるみたいだし」
黒曜の剣士がフォウから消えないうちに、急がないといけない。
救命ボートに乗っていた連中の意思はさすがに看過させてもらう。
救命ボートをけん引しつつ、フォウの港町に辿り着くと。
「おい、次の船はまだなのか!?」
「それが、どこも黒曜の剣士の噂を聞きつけたみたいで」
港町にはミーシャ達と同じ避難民が押し寄せ、地獄絵図みたいだった。
「じゃあな、っとその前に、今花の都はどうなってる?」
「あの街ならとっくになくなりましたよ、でなきゃ私だって逃げ出したりしてない」
「ロージャンは?」
「あの人は前線で戦ってるんじゃないんですか、知らないですけど」
じゃあ。
「黒曜の剣士との戦場はどこだ?」
「ここから先の情報は有料」
彼女から色々聞き出していると、黒猫ががめついことを言い出した。
ミーシャはお供の台詞を聞き、得意気な顔をして手の平を差し出す。
「ポチの言う通り、ここから先の情報は有料になりますよ」
「今お金持ってないんだ」
「……ならツケということにしておきます」
「ありがとう、どうでもいいけど、猫の名前はもうちょっと考えたらどうなんだ?」
ミーシャから貰った情報によると、黒曜の剣士は俺達がオークを討伐した大魔法跡の草原に突如として現れ、先ず辺り一面を灰燼と化した。その後、黒曜の剣士は花の都を襲撃し、今は引き返すようにして南下し、フォウの首都へと戦線を伸ばしつつあるようだ。
俺の推測だと、少なくともロージャンは首都にいそうだった。
運が良ければライオネルも飛空挺を連れてフォウの首都に滞在しているだろう。
§ § §
「ロージャン、そいつはもういいから次はこっちを頼む!」
「ああ!? まだ治療中なんだ、見りゃわかるだろうがッ!」
「残念だけど、そいつはもう助からないよ。助けられる命から確実に治療するんだ」
フォウの首都に向かう途中、野外病院を見つけた。
情報を得るためその場所に降りると、ロージャンが酷い火傷を負った人達を治療している。
「おいこら! テメエ、まだ生きたいんだろ!?」
「っほかの、ひ、ひとを、おれはもう……」
「ふざけんなこら! 俺が治療してるのに、泣き言抜かすんじゃねぇぞ!」
らしくなく、必死なんだな。
「んだとこ――……生きてたのかお前」
どうやら俺は思っていたことを口にしていたようだ。
ロージャンがいつになく必死な形相だったから、感心したんだと思う。
「その人は俺に任せろ、お前は他の人を見てやってくれ」
「素人は黙ってろよ! お前と言い争ってる暇ねぇんだ!」
ロージャンのいう事はもっともだ、今口論している暇はない。
だから俺はためらうことなく、隠し持っていた秘薬を患者に与えた。
「――うう」
全身に火傷を負い、火膨れを起こしていた患者の肌はみるみると再生する。
「状態が酷い人にはこれを使え、少量しかないから慎重に使えよ」
「……チ、余計なことすんじゃねーよ」
ロージャンはろくにお礼も言わず、俺の手から秘薬を取る。
最強のチンピラを名乗っていたロージャンらしい対応だった。
その後、大方の治療を終えたロージャンは食事を持って俺のもとに来た。
「ありがとう」
「ありがとう、じゃねーよ、テメエ生きてるんならどうしてそう言わねぇ」
「つまり俺は死んだことになってるのか?」
「テメエは今の今まで完璧に消息不明だったんだよ、マリアちゃんがどこを探してもいないって泣いてたぞ」
ロージャンが治療にあたっている中、治療を終えた患者から状況を聞き出した。彼らの話によるとフォウは瓦解し、一部の貴族は他国への亡命をはやくも決行したらしい。
首都に残っているのは、フォウの現代表であるアッシマだけで。
アッシマも、自身の子供たちは他国に逃しているような状況だった。
「マリアやライオネル、それとフガクに会いたいと思ってるんだ、どこにいる?」
隣に腰を下ろし、肉を頬張っているロージャンに聞くと、眉根をしかめた。
「テメエの仲間のリザードマンは前線で戦ってる、ライオネルは首都で大魔法を体得するために引き籠ってるはずだ。問題はマリアちゃんなんだが、お前と同じで消息がわかってねぇ」
独立国フォウ、この国は今正に滅亡の危機にあった。
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