第24話 ナラクへの謁見
街道を右なりに進んでいると、次の目的地が見えて来た。
城塞都市国家イシッド。
人口およそ八十万人の小国だが、二つの勢力をとりまとめるほどの発言力を持っている。
国境線の山をくり抜く形で造られた大きな城塞は、世界的にも有名で。
イシッドで特筆すべき点は、国家元首である女性の代表のコネクションパワーだ。
外交力に長け、フォウとイングラム王国のみならず、他の国にも顔が効く。
イシッドの城塞門前に向かうと、長蛇の列ができていた。
イシッドを介してイングラム王国に向かう人々の列だ。
豊かな資源力を誇示する王国に、亡命したがる人間は多いと聞くしな。
「……たぶんあれだな、私の飛空挺は」
「姉さんは相変わらず目がいいですね、どこにあるのですか?」
「マリア、お前はむっつりスケベだから年々目が悪くなるんだぞ」
ライオネルは近視用の眼鏡を掛けた妹に、あることないこと吹き込んでいるみたいだな。自称むっつりスケベじゃないライオネルが示唆した方に目をやると、確かに飛空挺があった。
飛空挺は城塞の上部から突きでている空中の桟橋に隣接している。
「シレトちゃんよ、こっからどーすんだ?」
「ここまで辿り着けば、問題なかった。みんな、今まで付き合ってくれてありがとう」
ロージャンからよこされた疑問にお礼を言うと、フガク以外は頭にクエスチョンマークを浮かべているようだ。
「シレト、王国に鳥を飛ばすんだ」
「ああ、わかってるよ。その前に先ずは伯母上に謁見させて欲しい」
フガクは一刻も早く、王国に偵察を向かわせたいようだ。
そう焦らなくても、ここには俺のルーツである人がいる。
何も俺の能力を行使して偵察を出さなくても、実家と連絡が取れるんだ。
「えっと、シレトくん、伯母上って、偉いのですか?」
マリアが事情を把握するように、眼鏡のフレームに手をあてて尋ねる。
「イシッドの代表だよ、俺の伯母は」
「良かった良かった、私は今ほどお前と結婚して報われた思いをしたこともないぞ」
するとライオネルが俺との既成事実をねつぞうし始める。
魔法に達者なライオネルのことだから、自身の記憶をも
「え? 本当の話なんですか?」
マリアは驚くと言ったよりも、信じられないと言いたげで。
「テメエ、お坊ちゃん面してると思えば、正真正銘のボンボンかよ」
ルサンチマン意識の高いロージャンは俺のことをさらに毛嫌いする。
「パンが無ければ男を喰えばいいじゃない」
ライオネルは意味不。
「それじゃあこんな列に並んでないで、特権使えよ」
「ライオネルのいう事もわからないでもないけど、俺も伯母に会うのは五回目ぐらいで、親戚ではあるけど他人行儀みたいな、あんまり迷惑掛けたくないんだよ」
だから、俺達も周りにならって順番が来るのを待った。
「次のもの、先ずは本名と用件を端的に答えろ」
「……名はシレト、俺は伯母であるイシッドの代表のナラク様に謁見するために来ました」
「シレト? ナラク様の甥であると言いたいのか?」
緊張した面持ちで憲兵の質問に答えると。
「今確認を取らせて頂く、別室にてお待ち頂けないか?」
「わかりました、ついでに紹介しておくと、他の四人は俺の」
「嫁です」
「恋人です」
「級友だ」
「俺は俗にいうライバルっちゅう奴、夜露死苦」
フガク以外にまとな脳みそを持った奴はいなかったらしい。
憲兵に別室に通され、個別に証明写真を撮ってもらった。
「只今確認して参ります、そのままお待ちください」
「よろしくお願いします」
今写真を撮って行った人には見覚えがある、確か伯母上の専属の秘書官だ。
幼い頃、イシッドに滞在していた俺を、トイレに案内してくれた人だ。
「……いよいよだな、俺達の復讐が実る時は」
フガクはその時が実現しそうになった今、武者震いを起こしている。
「復讐を終えたら、次は私達の目的に付き合ってくれるのか?」
俺と同盟を結んでいたライオネルはそう言うと。
「たまに思うんだ、復讐なんて真似は止めて、男引っ掛けるだけ引っ掛けて人生を謳歌した方がいいんじゃないかって。その方が遥かに楽しいだろうし……けど、諦めてたら、シレト達に会うこともなかったか」
虚空を見上げ、失くした左腕を気に掛けていた。
「諦めることはできませんよね? だってそれがシレトくんの宿命だもんね」
イルダに転生する際、俺と一緒に神の言葉を耳にしたマリアは微笑んでいる。
俺は俺で、ここまで無事に辿り着けた達成感に全身が活力で満ちていた。
俺達は誰が言うまでもなく、その時が近いと感じていたのかもしれない。
「お待たせいたしましたシレト様、ナラク様がお会いになってくださるようです、失礼のないよう、携帯している武器はこちらで預からせて頂きますね。また魔法を使える方はこちらのブレスレットを腕にお嵌めくださるようお願いします」
先ほどの秘書官は戻って来て、伯母上との謁見のために身辺整理するよう指示する。
「……久しぶりにしておりますね、あの時はご迷惑お掛けしました」
「あの時とは?」
「俺がここに泊った時、貴方のおかげで無事にトイレに辿り着けた」
「ああ、アレですか。大層なことはしておりませんが……ごめんなさい、シレト様と久しぶりに会うというのに野暮な態度を取ってしまって、私はここ最近忙しくて、余裕がなくなっているのです」
どうやらイシッドの住民は今とても忙しいらしいが、何故?
その理由は伯母上に聞けばいいと思い、俺達は案内されるまま謁見室に向かう。
「懐かしいです、シレトくん。こうやって会うのも八年振りくらいでしょうか?」
俺の伯母上であるナラクの姿は半透明の赤いカーテンによって守られていた。
昔から変わらず老いを感じさせない透き通った声をしている。
「お久しぶりにしております伯母上」
「私のことはどうかナラクと呼んでください……それと」
ナラク様は一緒に同室していた俺の仲間に目をやり。
「面白いご友人をお持ちになられたようですね」
「俺が今最も信頼している仲間になります、性格こそおかしい連中ですが、頼りになります」
「そうなのですね、貴方の将来に未知なる可能性があらんことを」
「ありがとう御座います。それで早速お聞きしたいのですが、俺の実家は今どうなっているのでしょうか?」
ナラク様に、俺の家の近況を訪ねようとすると、彼女は数瞬黙った。
「貴方のご実家には、今行われているフォウとイングラム王国の和平交渉のため、外交官を寄越すようお願いしておきました。シレトがその役目を担うものだと考えておりましたが」
「そうなのですか? 後、それ以外に俺の実家は何か言っておりませんでしたか?」
「その他だと、シレトとその許嫁の結婚式の日程が決まったみたいですね」
「俺はここにいるじゃないですか、結婚式の話だって初耳ですし」
と、実家の様子がおかしいのに気付いた時、俺はある人物を視界に入れてしまう。
「僕から全てを話した方が早い、ナラク様、兄シレトには僕が説明しておきますよ」
「クロウリー!? お前、生きてたのか」
クロウリーは顔を覆っていたフードを取り、その顔貌を露わにする。
精悍な顔つきながらも、まだあどけなさが残され、碧色の双眸は人の意識を惹く。
その顔、体格、四肢の末端にいたるまで、俺とクロウリーの容姿は瓜二つだった。
「ああそうだよシレト兄さん、俺は生きてたんだよ」
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