第23話 言われればそう

 花の都で最強のチンピラを自称するロージャンとの根性戦をやり遂げた後、俺達はすぐに街をあとにした。次の目的地はイングラム王国に向かう途中にある中立国のイシッドだ。


 白い肌が目立つ山脈へと続くこの街道を、右なりに進めばイシッドに着くと思われる。


「シレト、あの兄さんは放置していいのか?」


 ライオネルはそう言い、みんなを後ろに振りむかせると。


「……」


 俺達の後方の岩陰では、ロージャンが半身をさらしていた。


「すっごい見てますね、こちらを」

 マリアはまるでおバカな猫ちゃんみたいと、ロージャンの様子を小馬鹿にすると。


「奴の執念も見事」

 フガクはロージャンの執着心を讃える素振りだ。


「困ったなぁ、あいつは私のタイプじゃないんだよ」


 ライオネルは額に手をあてて、どうでもいいことを言っている。


「マリア、飛空挺の連中と連絡取れないか?」

「ああ、はい、只今連絡してみますので少々お待ちを」


 花の都を出てからずっと俺達を尾行して来るロージャンはこの際放っておいて。それよりも、毎日のように通信し合っていた飛空挺の乗組員と連絡が取れなくなったのが気にかかる。


 飛空挺自体はイシッドに寄港していると聞いている。


「駄目です、やはり返信が来ませんね」

「使えない奴らだ」

「姉さん、皮肉るにしても、相手は選んだ方がいいんじゃない?」

「……まぁ、あいつらは私の大切な部下だ、死なれてもらっては困るけどな」


 なら、次の目的地に急ごう。

 このペースで行けば明日の今ごろにはイシッドに辿り着くと思う。


「……」

「あの人、どこまでついて来るつもりですかね」


 マリアが後ろをつけて来るロージャンを終始気に掛けていた。


 次第に空は逢魔が時を迎え、えんじ色の淡いグラデーションを描いて行く。


「今日はここらへんでキャンプしよう」

「承知いたしました」


 適当な場所をキャンプ地に決めると、マリアが時空魔法でキャンプ道具を召喚していた。フガクが手慣れた様子でテントを作り、俺は近場にあった枯れ木に火をつけ、みんなが座れるような適当な岩石を運ぶ。


「……おう、今日はここに泊るのか?」

「そうだよ、貴方は邪魔だから帰ってくれ」


 その時、ロージャンが俺達に声を掛けた。

 堪え性のない人だと思っていたが、街を離れて六日目、痺れを切らしたか。


「シレト、俺はテメエへの貸しがまだ残ってるんだ」

「……ロージャン、俺は予め言ったよな。俺には貴方以外の因縁があると」


 俺は、俺やフガクを罠に貶めた連中を許さない。

 そのための仲間だし、そのための旅だ。


「だから、貴方の用事は俺の復讐が終わってからにしてく……」


「へぇ、仮設キャンプなのにこんなに美味そうな飯もできるんだな」

「えぇ、時空魔法を覚えればこれくらいの用意はすぐにできますよ」


 ロージャンはよだれを垂らしながらマリアの料理を見ていて。

 マリアはナチュラルに彼の分も用意しているみたいだった。


「シレト様、味見して頂けますか?」

「シレトテメエ、俺のマリアちゃんに様付けさせてるのかコラ」


 まるでコントみたいな落ちだな。


「シレト」

「何だフガク、何か気にかかることでも?」

「鳥を王国に飛ばしてみてはどうだ? 犯人の手掛かりを得れるかもしれない」


 そうじゃなくても、相手はあのSランククラス。


「いくらシレトが首席だったとはいえ、連中全員を相手にするのはやはり部が悪い」

「……イシッドに着いたらそうするよ」


 フガクの打診に、俺はちょっと及び腰になった。

 なんと言うか……俺は真相を知るのが怖かった。


「シレトくんって、首席だったの?」


 マリアはこしらえたスープリゾットに卵を落とし、確認するよう聞いて来た。


「そうだけど?」

「見えませんね、あ、ごめんなさい」

「いや別に……そう言えば君は、イルダに来てからどんな風に暮らしていたんだ?」

「私は、ある賢者様のもとで、姉さんと一緒に魔法のお勉強をさせて頂いてました」


 ふーん、すごいじゃないか。

 賢者の称号を冠しているのは、確認されているだけでも十人程度だ。


「でも、師匠である賢者様は、マグマガントレットの襲撃で落命してしまって」

「マグマガントレット? それって黒曜の剣士って呼ばれてるモンスターか?」


 事情を知らないロージャンがマリアに聞くと、彼女は頷く。


「有名なのか?」

「シレトお前、七大角獣を知らないなんて、僕はもぐりですぅえへへ、って言ってるようなもんだぜ?」


 ロージャンの挑発はチャライ外見もあってかなり有効的だな。


「そもそも冒険者ギルドが成り立ってるのも、その存在があるからだし、七大角獣は全てのモンスターの祖と言われているほどなんだぞ? 七大角獣の討伐は、俺達冒険者の使命だ」


「フガクは知ってたか?」

「……」


 フガクに尋ねると、何故か黙ってしまった。


「俺達がこうなる前、生徒の救出作戦のために出向いたリザードマンの祭壇に、大きな偶像があったはず。あれがそうだ」


「……あの、一角獣が?」


「七大角獣は、総勢で七匹居て、一つの角を持つものから七つの角を持つものまで居る。知らないなら教えておくが、世界中に居るモンスターでも角を持っている奴は危険だ。何故なら角を持っているモンスターは総じて我々の力を遥かに凌駕している」


 そうなのか、初めて知った。


「その情報はどちらかと言えば宗教学に分類される話ですからね、シレト様が知らないのも無理ないというか」


 マリアはそう言い、俺の顔を見詰めて微笑んでいた。


「七大角獣の目撃例は極わずかで、私達が襲われたのも、天文学的な確率なので」

「――しかし、現にその脅威は世界に存在する」


 ライオネルは奪われた左腕を気にしつつ、いつになく知的な雰囲気を出していた。


「私達の師である賢者、ライオットは命を賭して奴を時空の彼方に飛ばした。シレト、例の約束は覚えているよな?」


 俺とライオネルは、互いに復讐相手を交換するよう持ちかけ、同盟を結んだ仲。


 今でこそここには五人集っているけど、彼女と出会った日のことが懐かしい。


「口約束だったとはいえ、約束は約束。必ず果たしてもらうぞ。先ずはこの後で一発どうだ?」


「ロージャンがいるだろ」

「あ? テメエ、俺にこんな〇ッチを吹っ掛けるんじゃねぇぞ」

「誰が〇ッチだ、真性包茎が!」


 このメンバー、強いと言えば強いのかも知れないが。

 不安と言われれば、否定するのもためらわれる。


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