第25話 未知なる可能性があらんことを
「ここだとナラク様のお仕事の邪魔になるから、場所を変えよう」
「クロウリー」
「何、兄さん?」
呼び止めると、クロウリーはこちらを振り向いた。
「シレトと見分けがつかねぇ、これはどういった謎々なんだ?」
ロージャンが俺とクロウリーの顔を相互に見て、どっちがどっちなのか、判断できてない。
「僕と兄さんは双子だから、兄さんは昔から言ってたよ、不出来な兄貴で悪いって。でも僕は兄さんにわっかを掛けるほど、何の才能もない凡夫だったんだ。Sランククラスに昇格出来たのは全て兄さんのおかげなんだよ」
その話はいい、今はそのことを知りたいんじゃなくて。
でも、何故だろう、俺の中ではもはや確信めいている。
「クロウリー、今回の和平交渉の外交官は貴方ってことでいいのですか?」
「然様で御座いますナラク様、今回の和平交渉には僕と、僕の妻ミラノが出席いたします」
クロウリーはそう言うと、部屋の扉に隠れていた彼女の手を引っ張って姿を出させる。
「……シレト」
「ミラノまで……生きて、っ、生きてたんだな」
クロウリーやミラノが生存していることを知り、不意に目から涙がこぼれ落ちた。
フガクもその事実に感動し、俺達は二人を囲むように手を大きく広げ抱きしめ合った。
「貴方達にこれだけは言わせて欲しい、この先何があろうとも自分を信じるのです。シレト、失ったと思われていた仲間と再会できて、本当に良かったですね」
ナラク様の言葉が琴線に触れ、俺はらしくなく涙を流しながらお礼を言っていた。
だけど、俺達はいつまでもここで感動を共有している場合でもない。
クロウリーは俺達を連れて、城塞都市の中央広場に案内していた。
「兄さん、さっきは聞けなかったけど、フガク以外のそちらの三人は?」
「こいつらは俺が帰還する旅の途中に見つけた仲間達だ」
「強いの?」
「全員が全員、何かしらの長所を持ってる。それは俺やお前にはないものだ」
「さすがは兄さんだね、人徳なんだろうな、直ぐに才能ある人達と仲良くなるなんて」
クロウリー、この先の中央広場でゆっくりできそうなら、俺がこれまで体験して来た全貌を教えてやるよ。あの時の俺の後悔と、失望と、今もなお胸中をざわつかせている疑念について。
「弟さん、どことなく言葉に棘がありませんか?」
「クロウリーは昔からシレトの力に嫉妬していた節があった」
後方では、マリアが小さな声でフガクにその違和感を聞き出していた。
「そうなんですか? じゃあもしかして」
「これ以上の詮索は、事態を混乱させるだけだ」
「……シレト」
とその時、ミラノが俺の隣に並び、俺の手を取った。
ミラノの手から伝わって来る温もりに、彼女が殺された場面を彷彿とした。
その彷彿の反動で、今握られている手の温もりの尊さで、また泣きそうになった。
「俺のせいで君を死なせてしまったことは、生涯に残る後悔だよ」
「私は私の力に慢心し、お前を残してこの世に復活してしまった。その時、お前が亡くなった一報を受け、泣きはらして気付いた、私にとってシレトはどんなに大切な人だったのか……けど、私はもうその感情を忘れるよ」
ミラノはそう言うと、俺の手から離れ、目の前にいたクロウリーの手を取った。
初めてだった、一つの恋のために、胸が苦しくなったのは。
「ここらへんで構わないよね?」
「ああ、先ずは何から話せばいい?」
クロウリーは城塞都市の中央広場にある開けた青い芝生の上で立ち止まった。
ミラノと手をつなぎ、きびすを返して、やけに落ち着いた雰囲気だった。
「じゃあ手短に聞こうかな、どうして生きてるのさ、兄さん」
「クロウリー……お前が、死神ジャックに暗殺依頼を出した張本人なのか?」
「言い出しっぺはそうだね、けど兄さんに死んで欲しかったのはSランククラスの総意だ」
クロウリーの声は中央広場の石肌に反響し、すごく聞こえがよかった。
俺達の不穏なやり取りを聞き、周囲にいた人間は身の危険を感じたのか、去っていく。
「俺はシレトに死んで欲しいと思ったことはない! 無論、それはそこにいるミラノだとてそうだ」
「私は、あの事件に遭うまではそうだったかも知れない、けど今は……」
フガクがクロウリーに反論すると、ミラノはやはり揺らいでいた。
「おいおい、さっきから聞いていたが、クロウリーは死んだんじゃなかったのか? お前はどうやって死神ジャックの魔手から逃れた」
ライオネルがあの時の詳細をクロウリーに問い質していた。
「死神ジャックの依頼人は僕なんだから、依頼人を殺すような馬鹿はいないだろ。けど教えておくと、僕は普段からフードで顔を覆っている、それは親が兄さんと見間違えないように躾けた所作だったんだけど、これを利用して、身代わりとすり替わっていたのさ」
「具体的な返答ありがとう、シレト、クロウリーを始末していいよな? だって私達は互いに復讐の相手を交換し合った仲だ。こいつを始末するのは私の役目ってことだし、何よりこいつは人間として見れない」
ライオネルがそう言うと、ミラノが身をていするようにクロウリーの前に出る。
元々騎士見習いのミラノが大盾で守り、弓兵のクロウリーが後方から敵を射抜く。
そこに俺が変則的な力で相手の虚を突き、フガクが単騎決戦の必殺技を見舞う。
俺達四人のパーティーはそうやって成り立っていた。Sランククラスの実習でも四人は活躍し、その功績があったからこそ俺は首席になれたんだ。それは俺にとっては掛け替えのない四人の絆だった。
ライオネルはクロウリーをもはや人間として見れないと言うが。
「……クロウリー、俺はどうすればいい」
「自分で考えなよ。そうやって兄さんが苦しんでいる姿を見るのは、凄い久しぶりのことだ。僕やミラノを今この場で抹殺しようと思うのなら、そうすればいいじゃないか」
これは俺の失態だ。
クロウリーが内面に抱えている怪物感情を知っておかなかった、俺の罪だ。
「シレト、もしもクロウリーに矛を向けるのなら、先ずは私が相手になるぞ!」
「あーもー、最悪、修羅場って奴だろうが、もっと笑えないと、修羅場はさぁ」
ミラノが聖盾を生成すると、反撃するようにライオネルが火炎剣を手に取る。
二人が公然的に武器を出し、対立してしまったのがそもそもの間違いだった。
「誰かー! 広場に凶器を持った人たちがいます! 誰か警備兵を呼んで!」
中央広場にいた一般人が、こう叫び、辺りは騒然とし始めた。
「兄さーん、もしもここで僕とミラノを討ち取っても、兄さんは途端に殺人罪に問われるよ? 今は逃げたらどうかな、と言っても、兄さん達はもう王国の敵だから、近隣をうろつかない方が賢明だね」
「……みんな、逃げるぞ」
「おいマジで言ってんのかよ!? テメエの喧嘩相手が目の前で哂ってるんだぞ!」
「じゃあロージャンは俺達について来なくていい! 他のみんなは飛空挺まで急げ!」
「テメエ……! 見損なったぞ、ふ抜け野郎ッッ!」
その後、俺は我を忘れ飛空挺に向かった。
一緒に居たマリアやライオネル、フガクのことを失念して。
「はぁ、はぁ、どうやって発進させるんだった、クソ! そもそもどこに行けばいい」
「むぐー!」
飛空挺の操舵室には、以前から連絡が取れなくなっていた乗組員が緊縛されていた。
恐らく、まったく同じ相貌をしたクロウリーを見つけ、迂闊に接近したのだろう。
「シレトくん! 下大変なことになってるよ! 急いで!」
「クソ! とにかく発進させるぞ!」
とりあえず飛空挺を城塞の桟橋から離し、フォウの方面に舵を切った。
「クロウリー、シレトが生きていると、この先面倒だ」
「……なら、兄さんは殺すか、この僕の手で。そう言いたかったんだろ、ミラノ」
「ああ、今のお前ならそれができる」
飛空挺の操縦をマリアに任せ、俺は甲板の後部に向かい、城塞の状況を偵察した。
すると、先ほどまでいた桟橋に、クロウリーの姿があって。
クロウリーは白く輝いていた弓を取り出し。
「兄さんはこの距離なら届かないって思ってるんだろ? けど、今の僕は人を超越した魔人だから――……ッ!」
っ!? 馬鹿な、もしかしてクロウリーの矢が俺の胸に穴を空けたのか?
「ゴフっ、嘘、だろ」
「さようなら兄さん、運が良ければまた会うその日まで……兄さんに」
――未知なる可能性があらんことを。
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