第20話 オーク討伐
「――!」
フガクの身体を乗っ取ったモンスターは、タッグを組んでいたはずのオークを置き去りにするよう仕掛けて来る。認識力が低いのか、奴は発生させた俺の幻影に無限に切りかかっていた。
そのままそこに幻影を置き去り、先ずはマリアの下へと駆ける。
「く……! 無限に分裂する蟻なんて、聞いたことがない」
「マリア!」
「っ、シレトくん!」
マリアは姉のライオネルと同様に空からカニバルアントに対処していた。
俺はカニバルアントに気配を殺しながら近寄ると――カニバルアントは俺に飛びついた。
「シレトくんッ!」
「大丈夫だ! カニバルアントの能力が必要になっただけだから!」
「え?」
フガクの話だと、こいつの能力は分裂、中々に珍しい能力だ。
地球でやっていたゲームだと、こういった手合いは経験値溜めの的だったことを思い出した。
俺に飛びついた一匹を手っ取り早く処理し。
「カニバルアントの分裂は上限がある! 君の広域魔法で一斉に片を付けてくれ!」
上空にいるマリアに叫んだ。
「助けに来てくれたんじゃないの?」
「必要ないだろ!」
もとい、この程度の相手に苦戦する低ランクは要らない。
といった本音は隠し、彼女の逆鱗を撫でることは言わなかったけど。
「……まぁ、しょうがないですね。シレトくんとはまだ親交が足りないというか」
――それでも、少しぐらい心配して欲しかった。
彼女の眼下に群れていたカニバルアントは、次の瞬間。
「広域魔法で一斉に? でしたね、それなら姉さんよりも得意の範疇ですよ」
マリアの氷結属性の広域魔法によって周囲の草ごと凍らされ、耐衝撃を弱められた所に上空から。
「……これをやると疲れるのですが――メテオストライク」
時空魔法の上位レベルの代物――小型の隕石を召喚して総勢八体のカニバルアントを一蹴するのだった。
マリアの魔法の衝撃波を追い風にして、次はライオネルが相手しているオチューのもとに向かった。
「糞うぜぇな!」
ライオネルは飛行型のモンスターであるハルピュイア――人間の女性ぐらいの体格で、両腕に翼を生やした種族――をご自慢の剣で対処できている。さすがはカタルーシャ随一の剣士の肩書を持っていただけはある。
けど、後一歩という所でライオネルはオチューに邪魔される。
こちらの二体は連携が取れているようだ。
「ライオネル!」
「お? シレト、助けに来てくれたのか、嬉しいぞ」
「ハルピュイアを俺に誘導してくれないか!?」
「了解――っ」
器用な女だ、難敵のモンスターの前で隙を見せて引きつけて。
俺の言った通り、ハルピュイアを連れて来た。
「よし!」
ハルピュイアは鷲のような両足で俺を捕まえると、空に急上昇する。
その時、インスピレーションのようにこいつの能力が判明した。
俺の読み通り、ハルピュイアの能力は卓越した飛行能力だった。
月夜を隠していた雲の上まで上昇すると、ハルピュイアは嗤って俺を離した。
が、ハルピュイアの足には俺が仕込んだ爆炎蜘蛛の特殊な糸が付着していて。
その糸に小さな火炎の吐息で着火すると、炎はハルピュイアの身体を燃やしていた。
この戦闘で願ってもない飛行能力を手に入れた俺は、重力に身を任せ八体に分裂して見せた。
「おおお!? いちにーさんしーご、はち、はちぴー!? 私はどのシレトを受け止めればいいんだ!」
種型と呼ばれる植物系モンスターのオチューとの因縁にケリをつけるよう、本体を向かわせる。残る七体は悠然と状況をうかがっているオークとフガクのもとに向かわせた。
「オチュー! あの時お前を討ち取れなかったのは俺の生涯に残る後悔の一つだ!」
叫びつつ、上空からオチューに向かって鉄剣を振りかざした。
あの時とは違い、俺の能力値は数々のモンスターのステータスによって向上され。
上から一直線に突き立てた剣は、オチューの中核を貫いた。
「……残ったのは、例のオークとフガクか」
「大丈夫シレトくん? 回復魔法だったら私も使えますよ、っあ」
度重なる戦闘で興奮するあまり、すそを掴んだマリアを振りほどくと、悲しそうな表情をしている。
「ごめん、でも、大丈夫だから」
そう言い、例のオークのもとに向かう。
劣勢になったからなのか、オークは逃走を図ろうとしていた。
しかし、それは俺の分裂体によってはばまれる。
「誤解してたよ、お前は死神ジャックのように、我が身をかえりみないと思っていた」
「シレト……」
「大丈夫かフガク? 寄生種から助けるためだったとはいえ、電撃を浴びせて悪い」
それよりも、今はこのオークをどうするかが問題だ。
逃げ場を失ったオークは錯乱状態になり、筋骨隆々とした怪腕を振り上げ両刃の斧を縦に打ち付ける。オークの特異能力である必中が発動していたのか、周囲に構えていた俺の分裂体は縦に引き裂かれた。
その光景を見たオークは、再び嗤っていた。
オークの嗤い声が響くなか、一歩引いて見ていた俺は必中能力の使い方を把握する。その後、本体である俺はさいど八体の分裂体を発動させ、オークを中心に円陣を組むようにして、左手の一体をオークに向かって――短距離転移させる。
俺はこの時すでにフガクの能力も手中に収めている証左だった。
「ッッッ!!」
俺の分裂体に肉薄されたオークは、嬌声をあげると、両刃の斧で薙ぎ払う。
その隙に、分裂体は麻痺毒を喰らわせ、オークは足から弛緩して倒れる。
「例の麻痺毒を使ったのか、オークすらこんな状態になるとは、恐ろしい」
後方で覗っていたライオネルはそう言い、冷や汗を流しているようだった。
「色々と勉強になっただろ? 俺も、貴方も、そして」
ミラノの命を奪った――お前も。
「待てシレト」
倒れたオークにトドメを刺そうとすると、フガクが制止した。
「俺が殺る、俺の太刀は返り血を浴びても錆びない」
「……わかった」
あれほど憎かったオークの断末魔は麻痺毒のために、耳にすることはなかった。
§ § §
その後、オーク達を仕留めた場所で俺達はキャンプした。
フガクは酷く喉を乾かせていたようで、マリアからもらった飲み水を一気に飲み干す。
「結果的に、フガクも知らないってことでいいんだよな?」
「……っ、何がだ?」
「俺達を罠に嵌めた犯人について。どうして今の状況になったのか教えて欲しい」
フガクはマリアから水をおかわりすると、今度は数回に分けて飲みながら口を開いた。
「死神ジャックに首をへし折られたと思った」
「思ったじゃなく、実際折られたんだろうな」
「その後、意識が薄れ、気づいたらオーク達と行動を共にしていた。死神は俺達にこう言ったんだ、人間が憎くはないかと、この調子で行けば遠からず、我々モンスターの時代がやって来るだろうと」
とすると、説の一つにしか過ぎなかった死神ジャックの正体は的を射ていたようだ。死神はモンスターの一角で、人間に酷い憎悪を抱いている。
フガクはそれ以外に、目ぼしい情報を持っていなかった。
「シレトは、今後どうするのだ?」
「一旦オークの死体を冒険者ギルドに持って行って、討伐したことを証明したら報酬貰って、その後はどうしようか考え中……お前は俺と行動を一緒にした方がいいと思うな」
俺達に帰る場所はもうないんだ。
なら、Sランククラスに所属していたフガクの力も借りて、俺は。
「俺は、もしかしたらイングラム王国を革命するような異端児になると思う」
そう言うと、感情の起伏が乏しいはずのフガクは、笑みを零していた。
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