第21話 最強のチンピラ
「お? 無事に帰って来たんだね、お願いした依頼は達成できました?」
あの後、花の都から辿った道を二日掛けて戻り、俺とフガクは二人でクエスト屋に向かった。女性陣であるライオネルとマリアはどうしてもお風呂に入りたかったようで、一旦別れた。
「件のオークの死体を建物の前に運んである、確認してくれるか?」
「了解、任務遂行お疲れさま」
「? あ、ああ、ありがとう」
クエスト屋の入り口カウンターにいた受付嬢は片手をあげ、ハイタッチを要求していた。素直にハイタッチに応じると――インスピレーションが降って湧いた。どうやら受付嬢もモンスターだったらしい。
「……見掛けじゃ判断できないよな」
「何がだ?」
俺の独り言にフガクは首を傾げていた。
「オークの死体を確認しました、只今クエストの報酬を持って来ますねー」
「わかりました、それと、貴方の名前を聞いてもいいかな?」
「私ですか? 私はミーシャと申します、二十歳、独身、彼氏不在の永遠の十七歳です」
要は二十歳を鯖読みしているのか、そのフレーズにちょっと吹いた。ミーシャはウェーブが掛かった黒いボブカットと、赤と黒を基調としたゴシックドレスを揺らし今回のクエストの報酬袋を持ってくる。
報酬袋の中には黄金色したフォウの国の金貨三百枚が詰められていた。
その内の数十枚をフガクに渡し、残りは俺の胴元に引っ掛ける。
「ありがとう、それで、一つ聞きたい」
「なんでしょう?」
「この国でも、死神ジャックって有名なのかな?」
「……あー、これはあまり大きな声で言えないんですけど」
ミーシャは困った様子で、人差し指を曲げて俺達に耳を近づけるようジェスチャーしていた。
「死神ジャックは、元はこの国にいるどこかの貴族家の子息だったみたいですね」
そう、なのか?
「出自ははっきりとしているのか? 出来れば教えて欲しいんだけど」
「あー、教えられませんね。知りたかったらご自身で調べてください。ああ、でもこれだけは伝えておきますね? 当ギルドには死神ジャックの討伐依頼も御座いますので、一応受けるだけ受けてみてはいかがでしょうか?」
「……そうさせて貰うよ」
奴の首には懸賞金がすでにかけられているようだ。
それはイングラム王国と違わない。
その後、俺はフガクと一緒にクエスト屋の奥手に向かった。
巨大なボードには百件を超えるクエストが張り出されていた。
その光景を前にして、フガクは貼り出されたクエストを吟味するように一つずつ目を通している。パッと見で、自分達のレベルに適したものがなさそうだったので、俺も浴場に向かうとしよう。
「フガク、俺は浴場に行って来るな」
「俺はしばらくここに居る」
「面白いか? ここの光景は」
「ああ」
ここの光景は、王国の学校内にもあった学生用のクエスト屋と大差ないと思うけど、フガクは元々バウンティハンターを目指していたみたいだから、ある意味夢が叶ったのかな。
クエスト屋から外に出ると。
「おい兄ちゃん、金、持ってるんだろ?」
妙なチンピラが絡んで来たので、俺はさきほどミーシャから得た能力を使った。
「おい、消えたぞあの野郎」
それは外見を透明化するステルス能力なんだが、潜入とかに役立つだろうな。
ついでにハルピュイアの飛行能力に慣れておくために、空に上った。
眼下でチンピラが四方八方に散り、俺を探し出そうとしている。
「……問題は極力起こさないにこしたことはないけど、奴らが俺達の状況を見越しているんなら、大したチンピラだな」
それより、浴場に向かうとしよう。
花の都を空から俯瞰する光景は、気持ちが軽くなるようだった。街の各所から薫って来る花の匂いだったり、生まれて間もない街の新鮮な空気はこれまで殺伐としていた心の氷を溶かしていくようだった。
空を飛ぶ能力を得た俺は、昔から憧れていた自由に絆されるよう、空の散歩を堪能した。
数十分後、浴場に向かい入浴代を支払って、施設内に入った。
「兄さん、ここらじゃ見ない顔だね」
「カタルーシャから来てるんだ」
「カタルーシャ? どこのことだ?」
「現存する地図でも端の方に載っているような雪国だよ」
異世界イルダは広大だ。世界には未開の大地が隠されており、魔法文明もまだまだ発展途上。世界でも指折りの賢者が、この世界にはまだまだ可能性が秘められているとの発言を残したのを機に。
「遠路はるばるご苦労様、兄さんに未知なる可能性があらんことを」
未知なる可能性があらんことを――という台詞が、旅人への定番の挨拶となっていた。
名も知れない男性と挨拶を交わした後は、湯あみするため奥手に向かった。
この施設にはサウナも備わっているし、奥手は露天風呂へと繋がっている。
なかなかにおしゃれな施設で、この街を拠点にするなら連日ここに通いたい。
露天風呂に出ると、遠方に白い肌のうっすらとした山脈が見える。
標高四千メートルはあるあの山脈は、フォウとイングラム王国との国境線でもあった。
「……おう兄ちゃん、お前この街は初めてか?」
「えぇまぁ」
露天風呂に向かうと、褐色肌で目付きの鋭い男性から声を掛けられる。髪はブロンドで体格は俺よりも大きく、その男性は山脈と向い合せになるよう露店風呂の岩肌で
「名前は?」
「シレトって言います」
「……冒険者ランクは?」
冒険者ランク? そんなの聞いてどうすると言うのだ。
「いくつだったかな」
「おいおい、シレトは年いくつだ? 見た限りせいぜい十八かそこらだろ、その年でぼけ始めてるとは、将来が不憫でしょうがないな……さっき、クエスト屋の前で妙なチンピラに絡まれなかったか?」
「ああ、そう言えば、そんなこともあったかな。あの連中は一体何なんです?」
尋ねると、その男性は湯からあがり、たくましく引き締まった肉体を露わにした。
「俺の名前はロージャン、愛称はジャンさん。連中は俺の手下でな、俺は――最強のチンピラだ」
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