第18話 フガク

 そう言えば、俺は失念していた。


 本望は俺を罠に貶めた犯人への復讐だが、何より俺達を殺害した実行犯とも言うべき死神ジャックとその傀儡のモンスターのことを。


「もしもし、どうしました?」


 冒険者ギルドを騒然とさせているユニーク種のオークがいるとされる草原に向かう最中、マリアが飛空挺との交信用の魔道具に話し掛けていた。


『私達は言われた通り、イングラム王国に潜入を開始しようと思います。そちらの首尾はどうでしょうか?』


「私達はこれから戦闘に入ります、追って連絡いたしますが、無茶だけはしないでください」


『了解、ではまた後ほど』


「……向こうはもう王国に着いたのか」


 早いな。ライオネルの飛空挺に目を付けたのはやっぱり正解だったみたいだ。黒と金の装飾を基調とした格調高そうな飛空挺だが、空賊を名乗る連中の足になっている所から、飛行速度も出る方だったのだろう。


「で、どうするんだシレト、目的の草原地帯に着いたみたいだが?」


 飛空挺の所有者のライオネルは、並んで歩く俺とマリアの前を歩いていた。


 花の都から荒野を渡り歩くこと二日後、俺達は目的のオークがいるとされる草原を、少し高台となっていた所から見下ろしている。なんでもこの草原は昔、国史に残る激戦が繰り広げられた場所らしく、その時使われた大魔法の影響で草原地帯の大地が少し陥没しているんだそうだ。


「ずいぶんと広いな、これが大魔法って奴か。素晴らしい」


 ライオネルは草原の縁で全貌を知ろうと辺りを見渡している。

 ここに、ミラノを殺したオークがいるのか……。


「オークの居場所は俺が探る」

「どうやって?」

「俺は、低ランクのモンスターなら自由に操れることが出来る。例えば――ピィ」


 ポーチに入れていた薬草を取り出し、草笛の要領で甲高い音を奏でる。

 すると周囲にいた低ランクの鳥型モンスターや、地中に潜んでいた哺乳類が目の前に集う。


「可愛い」


 マリアは集った連中に持っていたパン屑を与えていた。


「これは王立学校に居た頃、大規模な実習訓練として遭遇したキメラクイーンから会得した能力だ。小動物ていどだったら、支配下におくことができる」


 キメラクイーンの攻略は想像を絶する難易度だった。

 何せ向こうは低ランクの人間を洗脳し、同士討ちさせて来るのだから。


 キメラクイーンが持っていた能力は二つ、今見せた低ランクの敵を支配下に置くことが出来る凶悪な能力と、傷を負ってもすぐに回復することが出来る超回復能力だ。


 あれの攻略の時、Sランククラスの連中は高みの見物を決め込んでいた。当時、Aランククラスに一緒にいたクロウリーとフガクでキメラクイーンを打倒して、俺は晴れてSランククラスへの昇格を決めることが出来たんだ。


 § § §


 小動物達に目的のオークの居場所を探らせて、待機していると夜が訪れた。


「風呂に入りたいな」

「そうですね……オークを討伐出来たら、冒険者ギルドにいって用意してもらいましょう」


 ライオネルとマリアといった女性陣は湯あみがしたくなっていたらしく。

 二人はちらちらとけん制するように俺を覗っていた。


「何?」

「いや、なんでもない。でも聞いてなかったことを思い出した」


 ライオネルは話を流すと、俺にくだらない質問を寄越す。


「――シレトは童貞だったか?」

「いいや、俺はカタルーシャでお世話になったカシードと寝たことがある」


 あらぬ誤解を生まぬよう、素直に口にすると、ライオネルは笑っていた。


「いいじゃないか、それは相手が良かった、幸運だったなシレト、お前の初めてが経験者で」

「あんまり下卑たこと言うなよ、軽く見られるぞ」


「マリアもよかったな、お前が見初めた相手は経験者だ、これでお互いに恥を掻くことはないぞ?」

「シレトくん、お世話になったカシードさんとはどういった関係なの?」


 この二人、特にライオネルが持ってくる話題はいつも色恋沙汰だ。

 緊張を緩和するにはいいかもしれないけど、いざって時に役立たなかったら捨てよう。


 そうしていると――支配下に置いた野鳥が、異質な雰囲気を気取ったようだ。

 すぐさまその野鳥と視界を共有し、例のオークの居場所を確かめる。


 オークの居場所は……ここから東に二十キロメートル先。


「――居場所を突き止めたぞ、本格的な夜が来る前に少し移動しよう」

「本当に居場所突き止めたのか? そう言ってお前、私達をHなトラップに嵌めるつもりだろぉ~?」

「マリア、ライオネルはこの場に捨てて、俺達は行こう」


 早々にライオネルに失望し、こいつはここに置いて妹のマリアに移動しようと促した。マリアは冷静な口調で「そうですね、行きましょうシレト様」と返事し、姉よりも俺を優先してくれる。


「冗談だろぉ~? 冗談が通じないなぁ――オークの居場所はどこなんだ?」

「ここから東に二十キロメートル先の草原で寝てるよ」

「相手はオークだけですか?」


 オークの居場所を伝えると、マリアが敵の詳細を訪ねて来た。


「いや、俺の推測どおり、数匹仲間を連れている」


 連中はオークを中心として、周囲に潜んでいるようだった。オーク、それから植物系モンスターのオチュー、小規模な群れを構成している虫系のカニバルアント、飛行型のモンスターもいる……それに。


「どうしたんですか? また怖い顔をしていますよ」

「モンスターの群れの中に、俺の級友がいるみたいなんだ」


 その情報を確かなものとするために、視界を共有した野鳥を、旧友の前に降り立たせてみた。全身を黒い強固な鱗に覆われ、トカゲのような顔つきをしたリザードマン種は、見間違えなどではない。


 フガク――リザードマン種という大柄の体格を活かした大太刀の達人で。

 彼はクロウリーや俺と一緒に、下位クラスからSランクになるまで戦った同志だ。

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