第12話 ベッドの中でな
「このままでは風邪を引いてしまうな、解放してくれ」
「……別にいいけど、俺の邪魔になるようなら海に叩き落とすぞ」
そう言いつつ、慎重にライオネルの捕縛を解く。
捕縛を解かれたライオネルは、船首の上で器用に立ち。
「お? 私の王子様はどんな男かと思えば、まだまだあどけないな」
というライオネルは、二十台前半の容貌をしている。
赤い髪に切れ長の黒目、元気で艶ののった肌、数々の男を垂らし込んだ目立つ胸。
しかし見受けた所、彼女は左腕を失くしている。
「その腕は?」
礼儀を弁えず彼女に問うと。
「宿敵に切り落とされた、なに、それでも剣の腕はカタルーシャでも頭一つ飛びぬけてるよ」
「じゃあ、貴方の目的も復讐だったりするのか?」
「も? ってことは、王子様の目的も復讐であらせられたか、これはこれは」
――ますます好都合でいらっしゃる。
「何度も言ってるだろ、俺は王子なんかじゃないって」
「じゃあ君はどのような権限で死罪相当だった私の罪を帳消しにできたんだ?」
「俺にもよくわからないけど」
まぁ、カシードが思いの外カタルーシャで顔が効く有力者だったのだろう。
カシードはその素性からして、長久の歳月を生きて来た伝説だしな。
カタルーシャの王族は代々、カシードと秘密裏に交友を持っていたのかもしれない。
「とりあえず王子様、船の中で腹を満たさないか?」
「ああ、けど俺を王子って呼ぶのやめろよ、誤解を生むだろ」
「二択だな、王子様と呼ばれたいのか、それとも、ダーリンと呼ばれたいのか」
「……王子でいいよ」
「チ」
今なんで舌打ちされたんだ? もしも後者を選んでいたら、何されたんだよ。
「所でライオネル」
「何だシレト?」
「あんた、剣士なんだろ? その割には剣を持ってないみたいだけど」
「問題ない、私は魔法剣士だ。魔法で臨機応変に剣を造る――」
ライオネルの右腕には火炎魔法で造った剣が握りしめられている。
その光景は剣士としての彼女を頼もしく思うと同時に。
「あんた、剣の腕前はともかく、魔法の腕はまだまだだな。俺の同期に魔法の才に秀でた奴がいてさ、そいつが言うには、魔法の威力を誇示するだけの輩は一流の魔法使いにはなれないって」
するとライオネルは火炎で造った剣を消して。
「……そんなこと言うなよ、へこむだろうが」
悲しそうな顔つきを取る。
「ちなみに、シレトにそう言い含めた同期は男か?」
「そうだけど?」
「紹介してくれないか、今の物言いに傷つけられたことを謝罪してもらわないと、ベッドの中で思い知らせてやる」
「話しはこれくらいにして、船内で食事を摂ろう。今回の船旅は結構長いらしいぞ」
「賭けないか? この船旅が終わる前に、私が船に居る男を篭絡できるかどうか」
彼女の台詞に俺は肩で失笑し、初めての仲間に対して失望をもよおしていた。
§ § §
港町を出航してから数日後、俺は神に誓った復讐に燃えつつ、そのための計画を練っていた。Sランククラスの連中が手を打つ前に、奇襲によって暗殺し返すための方法を模索していたんだ。
そのような構想でも練らないと、いずれ俺の意志が霧散してしまう。
今はただ、Sランククラスへの憎しみを変えられないものにする。
「シレトさん、ライオネルさんは今どちらに?」
一人で心を燃やしていると、船員からライオネルの場所を尋ねられた。
ライオネルであれば、この船の船底に最も近い倉庫で、男と寝ていると思う。
「なるほど、もし彼女を見掛けたらフォッセが呼んでいたって言っておいてくれ」
「わかった」
ライオネルは出会って以来、男にかまけっぱなしだ。
目的地に到着し次第、彼女とパーティーを解消してもいいとすら思っている。
俺が彼女の真価を改めることがない限り、このまま離別だな。
だけど、彼女の物怖じしない色香はSランククラス攻略に使えるかもしれないし。
そう言った点を踏まえ、復讐計画を考案していれば。
「シレト」
情事を終えたライオネルがひょっこり顔を出し浮ついた声で俺の名を呼んだ。
「ここは楽園だな、海の男ってどうしてこう、たくましいのだろうな」
「余韻に浸ってるところなんだけど、向こうの大陸にライオネルの知り合いとかいないのか?」
「いるような、いないような。大抵は昔付き合っていた男になってしまうが」
「その中でも、腕が立ちそうな男は?」
「そんなの知ってどうするって言うんだ、お前には私がいるじゃないか」
「はぁ」
「へこむから失望したようにため息吐かないでくれないか?」
ライオネルの言動に、ついため息をこぼしてしまう。
その時だった。
「海賊だッ!! 腕に自信のある奴は甲板に! そうじゃない奴は身を隠して神に祈ってろ!」
船の警鐘がカンカンカンと鳴り響き、海賊の襲撃を伝えていた。
「行くぞシレト、海賊からこの船を守って一攫千金といこう」
「海賊の対策ぐらい、船の連中に任せろよ。俺は知らない」
「お前が私に失望しているのは知っている、だから、私の実力を見せてやろうと言っているんだ」
……はぁ、今一やる気が乗らないけど、そこまで言うのなら。
と、彼女の口車に乗せられ、甲板に出てみたのはいいんだけど。
「どこにも海賊船が見当たらないな」
大海原をぐるっと一望しても、海賊の船はない。
「海賊船なら、あるじゃないか」
「どこに?」
「上だ」
言われ、空を見ると燦然と輝く太陽をさえぎる大きな影があった
影を作っていた船からロープが垂らされると、賊が一斉に甲板に降りて来た。
それで。
「お頭ぁ! 言いつけ通り、迎えに来ましたぜ!」
賊は、ライオネルのことをお頭と呼び、彼女は俺の首元に火炎の剣をそえる。
「馬鹿なガキだな、ライオネルと言えば、世界でも有名な空賊の首領の名前だ。その名は聞いて、要領を得ない態度を取り、よくもま、生意気風吹かせたものだな、シレトくん」
「……ライオネル、一つ聞いてもいいか」
戴冠式の光景みたく、一人の空賊の手によってライオネルの赤い髪の上にキャプテンハットが被せられる。ライオネルはそれを特別に扱うわけでもなく、堂々とした態度で享受していた。
「何でも聞いていいぞ、けど、ベッドの中でな」
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