第285話 ラーシェスの過去(2)


「可愛がることと甘やかすことは別物だって、あのときのボクは分かっていなかったんだ」


 悔いるような声でラーシェスは続ける。


「小鳥はボクに懐いてくれた。だから、嬉しくて、小鳥がやって欲しそうな事は全部やってあげた。でも、それは間違いだった――」


 ラーシェスは沈痛な面持ちで首を横に振る。


「半年くらいたった頃なんだけど、元気になった小鳥はボクの手から飛び立って――」


 思い出すように、ラーシェスは宙を見上げる


「――大きな鳥に食べられちゃった。パクっとね」


 人の手で育てられた動物は、野生の本能を忘れてしまう。

 その小鳥は警戒する間もなく、食べられてしまったのだろう。


「あの小鳥はボクが殺したんだ」


 ラーシェスは懺悔するように顔を俯かせる。


「それから、ペットは厳しく躾けるようになったんだ」


 甘やかすのと甘えさせるのは違う。

 前者は自分のため。

 後者は相手のため。


「でも……イータにはやりすぎかな?」


 ラーシェスの膝の上で眠る、イータの尻尾がピクリと揺れる。

 その寝顔は苦しそうに見える。


 ラーシェスとイータ。

 プレスティトさんとエルティアの関係に似ている気がする。


「ボルテンダールさんも言ってたし、今のままで良いんじゃない? まあ、少しやり過ぎるときも、あるかもしれないけど」


 俺の言葉に、ラーシェスとリンカが苦笑する。

 そのとき、ひょっこり現れたエムピーが言う。


「あの駄猫には、もっと厳しくしても良いです~」


 続いて、アンガーも。


「俺っちもそうおもうッス」


 いつもいがみ合っている二人だけど、イータの話になると同意見だ。


「大丈夫ですよ~。ラーシェスさん~。以前のマスターに比べると、ラーシェスさんは優しい方です~」


 ボルテンダールさん、そして、それより前の【御魂喰いみたまぐい】。

 イータはどんな扱いをされて来たのだろう……。


「それに――」


 エムピーが不気味な笑みを浮かべる。


「あの駄猫は甘やかすと、ラーシェスさんのことをパクっと食べちゃうです~」


 彼女の表情が嘘や冗談でないと伝える。

 創世神が七罪の刻印者に遣わしたサポート妖精。

 必ずしも、刻印者に忠実なわけではない。

 内なる獣の飲み込まれたとき、どう振る舞うんだろうか……。


 ラーシェスの話が終わった。

 日はほとんど沈み、静かな夜が近づいてくる。


 ガッシュさんが焚き火を強くするために、薪を放り込もうとしたが、リンカがそれを止める。


「ちょっと、待ってください」


 皆の視線が彼女に集まる。

 この場所を選んだのは彼女だ。

 これから、なにかが起こるはず――。


 しばらくして。

 日が沈んだ。


 辺りが暗くなった。

 焚き火が、はぜた。


 パチッと音が鳴り、そして、音が消えた。


「うわあ」


 ラーシェスが感嘆の声を上げる。

 沈んでいた彼女の顔から、陰りが失せた。


「ほう、これは」


 ガッシュさんの穏やかな目元が細まる。


 声こそ出さなかったものの、俺もその光景に目を奪われていた。


 一面に広がる青白い光の絨毯。

 風が吹くのにあわせて、その光が波打つ。


 花だ。

 それぞれの花弁が月光のように輝いている。


「夜光草です」


 リンカ微笑む。


「これをみんなに見てもらいたかったんです」


 微笑む彼女の瞳は、幻想的なこの風景よりも、俺の心を奪った。


「よく知っていたね」


 ラーシェスが言う。


「日の光をたっぷりと溜め込んだ夜光草は、日没後、わずかな時間だけ、こうやって淡く光るんです」


 優しい視線でリンカが言う。


「リンカはお花屋さんになりたかったんだ」

「へえ、そうだったんだ」


 以前、本人から聞いた話だ。

 だが、【阿修羅道】によって、彼女の人生はねじ曲げられてしまった。

 花々に囲まれる平和な生活ではなく、血に飢えた戦場でしか、彼女は生きられない。


 ――やがて、夜光草はすぅっと光を消す。


 焚き火が、また、はぜた。


 沈黙が流れる。

 青白い光の余韻だ。


「じゃあ、早いけど、そろそろ休もう」

「そうですね」


「最初の見張りはリンカとラーシェス。夜半に交代するよ」

「はい」

「うん」

「リンカ、ラーシェスにいろいろ教えてあげてね」

「はい」

「ヨロシクね」


 ラーシェスは興味津々で瞳を輝かせている。








   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『狩りの街から逃げてきた冒険者』


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