第284話 ラーシェスの過去(1)


 ラーシェスが尋ねてきた。


「レントたちは野営に慣れてるね」

「ああ、ダンジョンでは野営することが多いからね。でも、外での野営はあまり経験がないな」

「私も外はほとんどないです」

「そうなんだ」

「むしろ、外での野営は、ガッシュさんの方が慣れてるんじゃない?」

「そうですね。多分、私が一番慣れているでしょう」


 ガッシュさんは設営の仕方も手慣れた様子だった。


「ダンジョンでも、野営するんだね」

「ダンジョン内は一日でたどり着けない場所も多いんだ。でも、外ほどは危険じゃないよ」

「ダンジョンの中の方が危険なイメージだけど?」

「ダンジョン内は出現モンスターは固定されているし、安全地帯もあるからね」


 気をつけなければならないのは、リンカがクアッドスケルトンに襲われたときのようなイレギュラーだが、それは滅多に起こらない。

 その意味では、なにが起こるか分からない、野外での野営の方が危険だ。


「ここは見晴らしの良い街道沿いだから、危険はほとんどない。ラーシェスの初野営には、ちょうどいいと思うよ」

「うん。楽しみだよ」


 今夜は交代で見張りを立てる。

 前半はリンカとラーシェス。

 後半は俺とガッシュさんだ。


「そうだ。せっかくガッシュさんがいるから、ラーシェスの幼少期の話が聞きたいな」

「私も知りたいです」


 リンカも興味がありそうで、前のめりだ。

 ガッシュさんは、しばらく悩んでから、口を開いた。


「あのことを、話してもよろしいでしょうか」


 ラーシェスも、しばし、ためらってから、それを認める。


「うん……いいよ」


 あのこと――それだけで二人は通じ合う。


「お嬢様はもともと屋敷の外には出ず、部屋にこもって本を読むのを好んでおりました」


 今のラーシェスのイメージからはかけはなれているが、ボルテンダールの試練の謎解きではその知恵をいかんなく発揮していた。

 それに、「屋敷の本はあらかた読み尽くした」と言ってたな。


「なにか変わるきっかけがあったんですか?」

「そうですね。あれはお嬢様か10歳のときでした――」


 そこまでで言って、ガッシュさんはうかがいを立てるようにラーシェスを見る.


「そこからは、ボクが話すよ――」


 ラーシェスは伏し目がちに語り始めた。


「あの日は、天気が良かった。だから、気まぐれで外に出ようと思ったんだ」


 気まぐれはときに、運命を変える出来事を起こす。


「庭の東屋で本を読んでたんだ。ボルテンダールさんが遣した謎ときの本だった。ふと、顔を上げると小島が空から落ちてきたんだよ。ボクの目の前にね」


 そのときを思い出すかのように、ラーシェスは空を見上げる。

 その視線が落ちるのと同じくして、彼女は続きを始める。


「怪我していてね。血を流して、今にも死にそうだった。ボクはすっかり動転しちゃって――」


 ラーシェスはガッシュさんを見る。


「ガッシュが小鳥の命を救ってくれたんだ。血を拭って、包帯を巻いてくれて」

「お嬢様は今にも泣き出しそうでしたので、私も必死でした」


 二人の視線が交わる。

 お互いをいたわる優しい視線だ。


「でも、お嬢様は私より必死でした。その後、お嬢様の献身的な看護で小鳥は一命をとりとめました」


 言葉に反して、ガッシュさんの表情は暗い。


「でも、ボクが間違っていたんだ」


 ラーシェスも苦しそうだ。


「可愛がることと甘やかすことは別物だって、あのときのボクは分かっていなかったんだ」


 悔いるような声で彼女は続ける。







   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『ラーシェスの過去(2)』


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