第283話 野営の食事


 ラーシェスは期待たっぷりに、大きな口でエネルギーバーにかじりつく。


「むっ、んんん~」


 顔をしかめる、苦しそうな声を上げる。

 そのまま吐き出すかと思ったが、なんとか堪えた。


「お嬢様」


 ガッシュが水の入ったコップを差し出す。

 ラーシェスはそれを受け取ると、ひと息で口の中の物を流し込んだ。


「ぷはあ」


 大きく息を吐く。


「なんか……独特の味だね…………」


 直接的な表現は避けたが、顔には「マズい」と書いてある。

 その味を知っている俺たちは苦笑する。


「冒険者はこれを食べてるの?」


 このエネルギーバーは安くて保存が利き、それなりに栄養が取れる優れものだが、その分、味の方はこの通りだ。

 好きこのんで食べる者はいない。

 だが、駆け出し冒険者にとっては必需品だ。


「新人はね」

「レントも食べてたんだよね?」

「昔ね。懐かしい味だよ」


 俺もエネルギーバーを囓ってみせる。

 久しぶりだったが、やっぱりマズい。


「でも、マズいだけだ。魔力回復ポーションより、よっぽどマシだよ」


 味は最低だが、身体には害がないどころか、栄養を補給できるのだ。

 どうということはない。


「これが嫌で、稼げるようになろうって思えるんだよ」


 ワンランク上のエネルギーバーは、比較的マシな味だ。

 それを食べられるようになって、ようやく脱初心者といわれたりする。


「その気持ち良く分かったよ……」


 出会ってからこれまで、彼女は一般的な冒険者とは違うルートをたどってきた。

 ここに来て、初めて、駆け出し冒険者のやることを体験した。

 この経験は、きっと、彼女のためになる……かな?


「他のは、マシだよ」

「うん」


 ラーシェスは口直しにスープに口をつける。


「あっ、美味しい!」

「これは良いヤツだからね。駆け出しじゃあ食べられない味だよ」


 さすがに全部というのは貴族令嬢である彼女には可哀想だ。

 彼女は続けて、干し肉をかじる。


「ちょっとしょっぱいけど、美味しいね」


 平時だと塩がききすぎているように感じるけど、疲れた身体にはこれくらいが丁度いい。

 それにスープに会わせても良い。


 ラーシェスはスープと干し肉を同時に味わっていく。

 ある程度すすんだところで、ラーシェスはじっとエネルギーバーを見つめる。

 最初にひと口かじっただけで、3分の2以上残っている。


 ゴクリと唾を呑み込み、ラーシェスは覚悟を決めた。

 無理矢理、口に押し込み、水で流し込む。


「ふぅ。うえぇ」


 口直しにスープを飲み、大きく息を吐く。


「食べきったよ!」

「頑張ったね」

「お嬢様、よく頑張りましたね」


 ガッシュは孫を見るように目を細める。


「せっかくの食料だから、残すわけにはいかないからね」


 冒険者をやっていると、何度も何度も空腹を体験する。

 耐えがたい空腹を知っている身としては、食料を残すなんてもっての外だ。


 ちなみに、このエネルギーバーは「空腹のゴブリンでも口にしない」と揶揄されたりする。

 それでも、これしか選択肢がないくらいに、新人冒険者の懐事情は厳しい。

 その日を過ごせるかどうか、というその日暮らしだ。


 それでも、強くなるためには、金を稼がないとならない。

 少ない金で栄養を採るか、武器やポーションを買うか。


 栄養が足りないと身体が作れないし、武器なども必要だ。

 切り詰めて、切り詰めて。

 夜は臭くて狭いむしろの上で雑魚寝して。


 夢見た憧れの冒険者生活を始めて、最初に洗礼を浴びる。

 戦い以前の段階で、その厳しさに耐えきれず、逃げ出す者も多い。


 だが、この程度は序の口だ。

 実際に、冒険者生活を始めると、命懸けの状況なんていくらでもある。

 モンスターに見つからないように潜みながら、残り少ないエネルギーバーを仲間で分け合う――マズいなどと言っている余裕なんかない。


 天使との戦いは厳しいと予想される。

 ラーシェスも少しずつ過酷な状況に慣れていく必要がある。

 ともあれ、初めての冒険者食は無事に乗り越えられた。

 次は、夜を過ごすことだ。


 そう考えていると、ラーシェスが尋ねてきた。


「レントたちは野営に慣れてるね」

「ああ――」







   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『ラーシェスの過去(1)』


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