第282話 ラーシェスの望み
「じゃあ、リンカの言う通り、ここにしようか」
俺がそう言うと、ラーシェスは手綱を軽く引く。
その意思が伝わったようで、馬はゆっくりと歩みを止めた。
馬車はほとんど揺れない。
見事な手綱さばきだ。
平坦な街道沿い。
遮蔽物はなく、見晴らしがいい。
ありふれた光景で、特徴と言えば、辺りに白い花をつけた草が広がっているくらいだ。
――今夜はここで野営だ。
本来ならば、『狩りの街』に向かう街道にある街に宿泊するべきだ。
安全だし、快適だし、お金には困っていない。
よほど、のっぴきならない事情がなければ、街道で野営する理由はない。
だが、今回は、のっぴきならない事情があるのだ。
それは――ラーシェスが野営をしたいといったから。
ボルテンダールの試練は転移ゲートによって日帰りできた。
彼女にとって、野営は初めてのこと。
良い経験になると思って、そうすることに決めたのだ。
馬車から下りた俺は、沈みかけた夕日に意識を持っていかれる。
子どもの頃を思い出す。
村の中が世界のすべてで。
ガイとミサと、遊びまわったり、棒きれを振り回して冒険者ごっこしたり。
青い空が赤く染まっていくと、楽しい時間が終わりそうで、どこまでも時間を引き延ばしたかった。
そんなあの頃――。
まさか、こんな風になるとは、思ってみなかった。
赤い夕日に心をギュッと握りつぶられるようで、切なくなる。
「どうかしましたか?」
リンカの声に振り返る。
透き通った夏の空色をしたリンカの髪が、俺を現実に引き戻す。
「レント、大丈夫?」
夕日のようなオレンジ色の髪をしたラーシェス。
そうだ。
これが俺の今だ。
厳しかったボルテンダールの試練を乗り越え、明日からは『狩りの街』だ。
つかの間の休息に、気が緩んでしまったようだ。
「ううん。野営の準備しよう」
準備とはいっても、簡単なものだ。
寝るのには馬車があるし、この季節はテントがなくても、快適に眠れる。
獣やモンスターを近寄らせないように、焚き火をおこすくらいだ。
それだけのことでも、ラーシェスにとっては新鮮なことだ。
彼女はガッシュさんに教わりながら、焚き火を起こしていく。
まずは火打ち石を用いて火種を起こすのだが――。
「あれぇ?」
なかなか上手くいかない。
というのも、力の加減が上手くいかず、火打ち石が砕けてしまうのだ。
短期間で急激に強くなった弊害だ。
「お嬢様、軽く擦るだけで大丈夫ですよ」
「その軽くが難しいんだよね」
火打ち石を何個か無駄にした後――。
「やった! やった!」
なんとか、火をおこすことができた。
ラーシェスはそれだけで、無邪気な子どものように飛び跳ねる。
「レント、できたよ!」
「ああ、良かったね」
まだまだ、一段階目だが、それでも嬉しいようだ。
火魔法を使えば、一瞬で終わってしまうのだが、彼女ひとりでも火起こしができるようなっておいた方がいいから。
それからも、ガッシュのアドバイスを受けながら、火をどんどんと大きくしていく。
「うわあ、一人でできたよ」
夕暮れの日と火によって、赤く照らされた彼女の横顔は生き生きとしており、思わず見入ってしまう。
彼女の頑張りを見ながら、俺とリンカは焚き火の周囲に折り畳み椅子を四つ並べる。
地べたに座らず、椅子に座るのは、咄嗟に動けるようにだ。
それから夕食の準備をしていく。
今日の夕食は冒険者の定番である携行食だ。
干し肉に乾燥スープ、それにエネルギーバー。
エネルギーバーはなにやらを棒状に固めた、保存のきく便利なものだ。
スープは乾燥させた野菜をお湯で戻すだけ。
あっという間に準備は終わる。
お金をかければ、もっと美味しいものを食べられるが、ラーシェスが新人冒険者らしい食事を望んだので、それを体験してもらおうというわけだ。
俺も駆け出しの頃に食べたくらいで、ずいぶんと久しぶりの味だ。
「食べようか」
俺の言葉で食事が始まる。
ラーシェスは喜々として、エネルギーバーにかじりつこうとする。
俺たちは彼女の反応を楽しみに、ラーシェスを見ていた。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
次回――『野営の食事』
楽しんでいただけましたら、フォロー、★評価お願いしますm(_ _)m
本作品を一人でも多くの方に読んで頂きたいですので、ご協力いただければ幸いですm(_ _)m
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます