第281話 ラーシェスと二人


 その後、ガッシュさんには休んでもらうことにして、御者台には俺とラーシェスが並んで座る。


「見事なものだね」


 手綱を握るのはラーシェスだ。

 彼女は慣れた手つきで馬を操る。


「でしょ? これは自信があるんだ」


 ラーシェスは嬉しそうに顔をほころばす。


「さすがは貴族令嬢だね」

「うん。馬にも乗れるよ!」

「へえ、凄いね」


 俺を含め、冒険者で馬車を操れたり、馬に乗れたりできる者は少ない。

 護衛がメインの冒険者ならともかく、モンスター討伐で生計を立てている冒険者は、街と街を移動する機会も少ないし、乗馬技術を身につけるくらいなら、モンスターを倒す時間にあてた方が良いと考える。

 中には、「馬に乗るくらいなら走った方が速い」という『流星群』のロジャーさんみたいな人もいるくらいだ。


「よく伯爵が許可したね」

「もちろん、最初は反対されたよ。でも、父はボクには甘いからね」


 ラーシェスのおねだりに、断り切れなかった伯爵の顔が浮かぶ。


 馬車はすでに森を抜け、平原を進んでいる。

 危険地帯は脱したと見ていいが――。


「ほら、あそこ見て」

「あの岩だね」


 俺が指差す先には、直径1メートルくらいの岩がある。

 ラーシェスは腰の血統斧レイン・イン・ブラッドに手を伸ばす。

 さっそく、俺のアドバイスを実践できている。

 シャノンズロッドこそ構えていないが、俺もいつでも魔法を放てるようにしている。


「これはわかりやすい例だけど、遮蔽物があるときは敵がいると思った方が良い」

「うん」


 俺が彼女と御者台に並んでいるのは、危機察知のイロハを彼女に教えるためだ。

 賊に襲われた一件で、今までは気に留めなかった風景が、まったく違って見えるようになっただろう。


「ラーシェスはあそこに敵がいると思う?」

「うーん。その気配は感じないかな」

「正解」


 今までのラーシェスを見てきて、勘が悪いとは思わない。

 油断していなければ、そうそうやられることはないだろう。

 後は、経験を積めばいいだけだ。


「もし、敵がいそうだったらどうするの?」


 今度はラーシェスが尋ねてくる。


「先制攻撃だね」

「いきなり?」

「ああ、なにもいなかったら被害はないし、モンスターなら先手を取れる。それに――」


 俺の言葉の先を読んで、ラーシェスが固唾を呑む。


「たとえ人間だったとしても、不審な行動を取る方が悪い」


 ――先に手を出した方が悪い。


 そんな生っちょろい考えが通用するほど、冒険者は甘くない。

 冒険者どうしのトラブルなんて、ありふれたものだ。

 どっちが悪いかなんて議論したりはしない。


 揉め事は両成敗。

 揉め事に巻き込まれるのが悪いのだ。


 冒険者は簡単に人を殺せる能力がある。

 だからこそ、トラブルに巻き込まれないように振る舞うのも、必須な能力だ。


 それに、盗賊や悪人には、そんな理屈は冒険者以上に通じない。

 物陰から不意打ちを狙っている――怨恨でなければ、ほぼ確実にそれは悪人だ。

 ためらったら、こちらの命が危ない。


「レントは人を殺したことあるの?」

「いや、偉そうに語ったけど、俺の場合はモンスターだけで、人間を殺したことはないよ」


 『断空の剣』時代。

 他の冒険者に嫌われたり、恨まれたりしたけれど、力があったから襲われることはなかった。

 追放されてからも、逆ギレして襲ってきたのは余裕な相手ばかりだった。

 だから、俺は人を殺めたことがない。


「この先も、そうならないことを願っている。だからさらに強い力を手に入れたい」

「そうだね」


 ラーシェスの顔に影が差した――。


 その後も色々と教えているうちに、だんだんと日が傾いてきた。

 日没まで後1~2時間くらい。

 そろそろ決めたいと思っていると――。


「レントさん、この辺りはどうでしょうか?」


 馬車の中から、リンカが尋ねてくる。

 窓を見て、なにかしら、気がついたのだろう。


「ラーシェスは分かる?」

「うーん。他とどう違うのか、ボクには分からないよ。レントは分かるの?」

「正直、俺にも、リンカの考えは分からない」


 でも、見回したところ、ここら一帯は安全だ。

 場所もなかなか、悪くない。


「じゃあ、リンカの言う通り、ここにしようか」


 俺はリンカの意見に従うことにした。

 ラーシェスの望みを叶えるために。







   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『ラーシェスの望み』


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