第280話 落ち込むラーシェス
近くの街に盗賊を送り届けるという寄り道はあったが、俺たちはあらためて、『狩りの街』を目指すことになった。
馬車の中は重苦しい空気だ。
リンカと二人きりだったときとは別の種類の重苦しさだ。
「さっきはごめんなさい」
そんな中、ラーシェスが頭を下げる。
「過ぎたことはしょうがないし、怒ってないよ」
「私もです」
俺とリンカの言葉に、ラーシェスはホッとしたように顔を上げる。
「ホントに?」
「ああ。というか、ああなることが分かっていて、あえてラーシェスの好きにさせたんだよ」
「そうなの? でも、どうして?」
「危険はないって分かってたからね。実際、刃物を突きつけられても、余裕だったでしょ」
「うん。今まで戦ったゴーレムなんかに比べたら、どうってことなかった」
「本当に危険だったら、止めていたけど、いい経験になると思ってね」
「たしかに、反省するしかないね……」
「問題は、これをどう生かすかだよ。ラーシェスは、なにが悪かったと思う?」
「油断してたことかな?」
「それもそうだけど、その前に、ラーシェスはやるべきことを怠ったんだ」
「やるべきこと?」
「ああ、停まっている馬車に気がついたときに最初にするべきこと。分かる?」
「もっと注意深く観察すること?」
「うん。それと……リンカ?」
「レントさんの判断を確認することです」
ラーシェスはハッとする。
――ボク、行ってくるっ!
あのとき、俺に尋ねる前にラーシェスは飛び出した。
そのあと、俺が声をかけても、「一人で平気だよ」と、俺の問いかけを軽く流した。
「リンカはまず、俺に尋ねた」
――レントさん、あれは。
リンカが頷く。
「リンカはあれが罠だって気づいていた。そのうえで、どうするべきかを俺に尋ねた。ねえ、リンカ?」
「はい。『
あっ、とラーシェスは遅ればせながら、気がついたようだ。
「ラーシェスは貴族育ちで、人の世に慣れていない。強さを手に入れたことで自信がついたのはいいことだけど、今回は過信だったね」
「ちょっと浮かれてた……」
「経験不足はどうしようもない。だから、それは悪くない。ただ、そのことはちゃんと理解しておいて欲しかったんだ」
「うん……」
「それを知っていれば、俺やリンカに任せたはずだ。得手不得手があるのは、悪いことじゃない。完璧な人間はいないからね。それを補い合うのがパーティーだよ」
ラーシェスは俺の言葉を噛みしめて、返事をする。
「分かった。今度からそうする」
「うん。気をつけてね」
ラーシェスはまだ15歳。
冒険者になったばかり。
失敗するのは仕方がないし、致命的な失敗は俺たちが防げばいい。
「レントとリンカはどうして、罠だって気がついたの?」
「アンガーが教えてくれたからね」
「えっ!」
「まあ、それは冗談として。そればかりは、場数を踏むしかないんだけど……」
うちには悪意を察知できるアンガーがいる。
ラーシェスはそのことすら、思いいたらなかった。
「良い人か悪い人か、それを見分けるのは難しい。一番簡単なのは……」
俺はリンカを見る。
「全員、疑うことです」
鋭い目でリンカが言う。
何度もパーティーを追放され、挙げ句の果てには、囮として見捨てられた。
同じ刻印者ということで、なんとか、俺を信じてくれたけど、そうでなければ、リンカはずっと誰も信じられないでいただろう。
その状況でも、戦いから逃げることは【阿修羅道】が許さない。
もし、そうなっていたら――。
「それもひとつの手だ。でも、できれば、リンカやラーシェスにはそうなって欲しくない」
二人だけではない、他の四人の刻印者にも、そうならないで欲しい。
それは俺のエゴだろうか?
「そのうえで、危機を避けるには、人ではなくて、状況を疑うことかな」
「状況?」
「ああ、イレギュラーな事態に出会ったら、まずはいつでも戦闘態勢に移れるようにすること」
冒険者であれば、それが身体に染みついている。
考えている前に、身体が動く。
「あのとき、ラーシェスは
「うん……」
「それから、少しでも多くの情報を得るために、全神経を集中すること」
「情報……」
「視界に入るもの、音、匂い、空気の流れ、相手の表情。おかしいところはないか。相手は武器を隠していないか。周囲に誰か潜んでいないか。すべてを疑うんだ」
ラーシェスは真剣な顔つきで俺の言葉を聞き入っている。
「焦らず、経験を積んでいこう」
俺が笑顔を向けると、こわばっていたラーシェスの顔が緩む。
「お説教臭くなっちゃったけど、今夜は予定通りでいこう」
「えっ⁉ いいの?」
「もちろん」
「良かった。やらかしちゃったから、ダメになったかと思ったよ」
事前にラーシェスから、夜の過ごし方について、リクエストがあった。
本人は取り消しになったと思っていたようだが、これも良い経験だ。
今夜は――。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
次回――『ラーシェスと二人』
楽しんでいただけましたら、フォロー、★評価お願いしますm(_ _)m
本作品を一人でも多くの方に読んで頂きたいですので、ご協力いただければ幸いですm(_ _)m
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます