第279話 馬車の違和感
窓から前方を覗くと、馬車が一台、停まっている。
車輪がぬかるみに嵌まり、動けなくなったようだ。
「姐御、賊ッス」
アンガーが注意をうながす。
「レントさん、あれは」
「ああ。罠だな」
アンガーに言われるまでもなく、俺は違和感に気がついた。
俺もリンカも、腰を上げる。
馬車の外に出ようとしたが、それより先に――。
「ボク、行ってくるっ!」
だが、ラーシェスは違和感に気がついていない様子。
彼女は助けようと、御者台を飛び降りた。
ラーシェスが馬車に向かって歩き始める。
俺たちが乗っている幌馬車とは違い、商人が使うような馬車だ。
馬はいくつもの木箱を積んだ荷車を引いている。
その脇で一人の女性がぬかるみから脱出しようと、懸命に荷車を後から押している。
商人風の若い女性だ。
この街道は比較的安全だが、女性一人での移動は不用心が過ぎる。
慣れた者なら警戒するけれど、ラーシェスは親切心で女性を助けようとしている。
「ラーシェス、手伝おうか?」
「ボク一人で平気だよ」
呼びかけてみたが、ラーシェスは軽い調子で答える。
心配そうなガッシュさんも声をかけようとするが、俺は彼を手で制する。
今回の件は、ラーシェスにとっていい経験になるだろう――そう思って俺は彼女の好きにさせることにした。
俺とリンカは馬車を降りて、ラーシェスの行動を見守る。
「大丈夫?」
ラーシェスが女に話しかける。
「車輪が嵌まって、困っているところです。協力してもらえますか?」
「もちろんだよ!」
「では、お願いします」
荷車を持ち上げようとしたラーシェスだったが――。
「動くなッ!」
油断していたラーシェスを、女は後から羽交い締めにして、首元に短剣を突きつける。
「えっ⁉」
なにが起こったかわからず、ラーシェスは固まってしまう。
女が首の皮を薄く切ると、ラーシェスの白い肌に赤い血が流れた。
俺たちと過ごして、ラーシェスは強くなった。
しかし、それはモンスター相手の強さだ。
人間の悪意には、まだまだ不慣れだ。
ラーシェスが動揺していると、森から十数人の男たちが出て来た。
皆、粗暴な身なりで、手には獲物を構えている。
「お前らも動くなよ」
ボスらしき男が俺とリンカに向かって、ナタのような武器を向ける。
「ほう、上玉が二人か」
下品な視線がラーシェスとリンカの身体をなめ回す。
「女は傷つけるなよ。男は殺せ」
「おうっ!」
ラーシェスは動けないと判断したようで、男たちは俺とリンカの方は余裕たっぷりに歩いてくる。
賊に言われたからではないが、俺も動かない。
その代わりに、ラーシェスに告げる。
「ラーシェス、それくらい、自分でなんとかできるよね」
「うっ、うん」
動揺していたラーシェスだったが、俺の言葉に我を取り戻す。
即座に、女の腕を掴み、そのまま投げ飛ばした。
「なっ⁉」
賊どもがラーシェスに目を奪われているいる間に――リンカが駈ける。
鞘に収まったままの
リンカが止まったとき、意識があるのは最初の女だけだった。
ラーシェスは
この程度の賊相手ならば、俺たちはスキルを使うまでもない。
「殺さずに無力化できる?」
ラーシェスに尋ねると、彼女は首を横に振る。
殺すだけなら
だが、殺さずに済ますには技術が必要だ。
そして、ラーシェスにそれはない。
俺は倒れたまま怯えている女のもとに歩み寄り、首元に手刀を一発。
女を失神させた。
「ビックリした?」
「うん……」
俺たちの完全勝利だが、ラーシェスは落ち込んでいる。
人の悪意に晒されたこと。
油断していて、やられたこと。
「冒険者をやっていると、よくあることだよ」
「うん」
「言いたいことはあるけど、まずはコイツらをどうにかしないとな」
面倒だけど、放置しておくわけにもいかない。
どうしても急がなければならないわけではない。
賊どもを引きずって、近くの街まで届けることにした。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
次回――『落ち込むラーシェス』
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