第278話 困っている馬車に遭遇する


 ――馬車は街道を進んでいく。


 御者台からは楽しそうな声が聞こえてくる。

 ガッシュさんにはラーシェスの猫かぶりは昔からバレているそうだ。

 今も素の姿で、祖父と孫のように仲良く会話している。


 一方、馬車の中。

 俺とリンカの間には、なんとも言い難い空気が流れていた。

 馬車は今、薄暗い森を通っている。それが一段と空気を重くさせる。


 さっきから言葉がないだけではなく、なかなか視線も合わない。

 たまに合っても、俺もリンカも視線をそらす。


 試練に挑んだときのようにパーティーメンバーとして接するのはなんの問題もない。

 しかし、こういう状況はどうも落ち着かない。

 お互い、わかり合っている気持ちもあり、わからない気持ちもある。

 それがせめぎ合った結果、今のように空気が沈んでしまう。


 リンカと二人きりになるのは、『フラニスの試練』の前夜以来だ。

 あのときのリンカの様子――いつもとは異なる切迫した様子を思い出す。


 ――【阿修羅道】が求める破壊衝動が――最近、その衝動がどんどん強くなってきて、もう耐えきれないの。


 ――食欲だけじゃなくて、別の欲求も。


 あのときは、アンガーの寝言で中断してしまったが。

 彼女がなにを求めているのか、俺は理解している。

 だが、それが彼女の本当の気持ちなのか、SSSギフトによるものなのか――それがわからない。


 あの日以降は、あの晩がなかったかのように、俺もリンカも振る舞っている。

 それでも、心の底ではボルテンダールさんの言葉が、今も響いている。

 そのせいで、お互いどう接すればいいか、分からないのだ。


 天使との戦いが始まれば、俺たちはいつ死んでもおかしくない。

 だから……悔いが残らないようにしたい。


 沈黙の中、俺はリンカとの出会いを回想する――。


 最初は共感だった。

 追放された者どうし、ピンチのリンカを助けたいと思った。

 こういう出会い方だったから、どうしても俺が主導する関係から始まった。


 現在、リンカは俺たち『二重逸脱トゥワイス・エクセプショナル』の主力メンバーだ。

 彼女の圧倒的な戦闘力が俺たちの強み。


 うちのパーティーは俺がリーダーを務めている。

 俺の個人的な考えだが、リーダーはパーティーの方針を定め、決定すること。

 あくまでも役割のひとつであり、他のメンバーよりも偉いわけではない。

 メンバーがお互い助け合い、足し算ではなく、かけ算になる。

 それが俺にとっての理想のパーティーだ。


 俺とリンカが対等な関係を築くには、あと一歩が必要だ。

 今の関係が壊れるのは怖い。

 だが、後悔するよりもマシだ。


 なにかをしゃべらなければ。

 なにを話したらいいか分からない。

 それでも、俺は口を開く。


「レントさん」

「リンカ」


 二人の声が重なる。

 俺もリンカも固くこわばった声だった。

 だが、すこし、空気が軽くなった。


「リンカから、どうぞ」

「はっ、はい」


 しばらくためらった後、リンカが小さく息を吐く。


「わっ、私はレントさんのことが――」


 ――ガタン。


 リンカの言葉は、停止した馬車の音に遮られた。

 それと同時に――。


「きゃっ」


 リンカが俺の方に倒れてくる。


「おっと」


 俺は彼女の身体を受け止める。

 思わず、抱きしめるかたちになってしまった。

 彼女のいい香りが鼻孔を刺激し。

 至近距離で目が合う。

 そして、彼女の体温が伝わってくる。

 お互い、顔が赤くなるが――。


「大丈夫?」

「あっ、ごっ、ごめんなさい」


 リンカは慌てて身体を離す。

 それと同時に、俺もリンカも警戒態勢に入る。

 外の空気にどこか違和感があったからだ。


 窓から前方を覗くと、馬車が一台、停まっている。

 車輪がぬかるみに嵌まり、動けなくなったようだ。







   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『馬車の違和感』


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