第272話 SS エルティアの過去(3)
「外の世界に出て、ずいぶんと苦労したみたいですよ」
話を聞く限り、エルフの世界と人間の世界は違いすぎる。
エルフが人間の世界で暮らすのは大変な苦労だろう。
「結局、他に出来る事もなく、冒険者活動を始めたのです」
冒険者になるのは、創世神から冒険者に相応しいギフトを授かった者だけだ。
その点、エルティアが授かった精霊魔法は、まさに冒険者として相応しいギフトだ。
「母は、他の冒険者たちを見て、衝撃を受けたそうです」
「衝撃?」
「仲間、友人という存在に、強く憧れた――って言ってました」
パーティーというのは、とても強い絆で結ばれる。
お互いに背中を預け、生死を共にする。
血の繋がりよりも、強い繋がりかもしれない。
その分、上手くいかないと最悪だし、上手くいけばこれ以上に幸せな事はない。
里で孤立していたエルティアにとっては、まさに憧れの存在に見えたのだろう。
「それで色んなパーティーに入ってみたのですが、レントさんがご存じの通り」
それはエルティア本人からも聞いた話だ。
「母は強いけど、あの調子なので、他者と上手くやれない。やはり、どのパーティーでも浮いてしまって」
ボルテンダールの試練を受けている最中に本人が言っていた。
――昔はいろんなパーティーに入っていたのだがな。なぜか、いつも同じ結果になるのだ。
――どんなパーティーに入っても、しばらくすると『君にはもっと相応しいパーティーがある』と、私を評価してくれてな。
――そこまで褒められたら、どうしようもないからな。
皆、良い人たちだったみたいで、やんわりと断ったようだ。
だが、実質はパーティーを追い出されたようなものだ。
本人はそれに気がついていない。それが、彼女の真っ直ぐで良いところともいえる。
「それで失意のうちに、里に戻り、私を産んだのです。エルフは里でしか子をなせないからです」
これまた、初めて聞く真実だ。
となると、疑問がひとつ――ずっと、気になっていた疑問だ。
「プレスティトさんの父親は誰なの?」
エルティアのパートナーとなれる男性。
ちょっと、想像できない。
興味があったんだけど、二人とも何も言わないから、聞けずにいた。
里でも浮いていたらしいし、どんな人なんだろうか。
しかし、俺の問いには答えず、プレスティトさんは首を横に振る。
「違うんです。でも、仕方ありませんよね。エルフの生態はほとんどの人が知らないですからね」
「エルフの生態?」
「そもそも、エルフに性別はありません」
「えっ?」
「正確に言えば、人間でいうところの性別、男性と女性を変えられるのです」
プレスティトさんはさらっと言うが、衝撃的な事実だ。
「とはいえ、簡単に変えられるわけではないです。精霊とともに、数年間かけて、緩やかに変わっていくそうです」
「女性と男性はどう違うの?」
「私も、母も、男性になった事がないので、よく分からないです。ただ、子どもを作れるのは女性だけです」
偶然かもしれないが、俺は女性のエルフしか見た事がない。
男性にもなんらかのメリットはあるのだろうか。
「ともあれ、そうやって私が生まれました」
「エルティアはなんでプレスティトさんを産んだか分かる?」
「母は寂しかったのでしょう。自分を認めてくれる存在が母には必要だったのでしょう」
里でも上手くいかず。
人間の世界でも上手くいかず。
俺の知っている、お気楽な姿からは想像も出来ない程、孤独だったんだろう。
「だから、不器用ながらも、しっかりと愛情を持って育ててくれました。そのことは、本当に感謝しています」
知り合ってから短い期間だが、二人の絆は俺も感じていた。
なんだかんだ言いつつも、親子なんだって。
親を知らない俺からしたら、羨ましいと思う事もあった。
「そうやって、十数年、エルフの里で過ごしたんですよね。私は赤ちゃんだったのでよく覚えていませんが」
エルフは長命種だって知っていたけど、やっぱり、プレスティトさんは俺よりも年上だった。
女性に年齢を聞くのは失礼なので、尋ねないけど。
「それでも、やっぱり里の生活に飽きて――」
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
次回――『エルティアの過去(4)』
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