第271話 SS エルティアの過去(2)


「ただ、ひとつ問題がある」


 エルティアが指を立てる……二本指だ。

 身体もフラフラと揺れている。

 かなり酔っ払ってるな。


 ただ、プレスティトさんが言うように、今のところ、不快な要素はない。

 むしろ、この先が聞きたくなるくらい楽しい。


「どんな問題です?」

「私は一万も数えられない! だから、プレスティトに数えてもらっている」


 まあ、数えられないよね。


「だけど、何回聞いても、『あと、ちょっとです』って言われるんだ。それに、結構やってるはずなのに、いまだに書類になんて書いてあるか分からん。だから、飽きてきた」


 まあ、一日中、サインするだけの仕事だ。

 それを毎日毎日。

 彼女じゃなくても、嫌になるだろう。


「それに比べて、プレスティトは本当に凄いんだぞ! あっという間に書類仕事が出来るようになった.自慢の娘だ!」


 【魔蔵庫貸与】の窓口をやってもらっているし、エムピーも褒めていた。

 プレスティトさんが優秀なのは間違いない。


 ひと通りプレスティトさんを褒めると、今度は矛先がおれに向く。


「レントも凄いな!」


 【魔蔵庫貸与】を褒められると思ったんだけど、彼女の口からは予想外の言葉が出て来た。


「レントは私をパーティーに入れてくれた。今まで、何度もパーティーを組んだけど、どれも上手くいかなかった。こんなのは初めてだ!」


 意外な褒められ方をされた。

 これは嬉しい。


 【魔蔵庫貸与】は与えられた能力だ。

 だが、彼女が褒めてくれたのは、俺自身だ。


 その後も、エルティアは散々、褒め散らかした後、急に潰れてしまった。

 テーブルに突っ伏す彼女を見て、プレスティトさんはしょうがないな――と言う顔をする。

 まるで、親が子どもに向ける視線で、やっぱり、親子が逆だった。


「こんな感じで、酔っ払うと褒め上戸になるんです」

「たしかに、これなら迷惑じゃないね」

「だから、母はみんなに愛されるんです」


 最初はただのバカだと思っていた。

 だけど、つき合ううちに、俺も彼女の魅力に惹かれている。

 ギルマスとして、みんなに愛されているのも納得だ。


 トップに立つ人間に必要なのは、人々を惹きつける魅力だ。

 実際に、組織を動かす部下がいれば、それで十分。


 そして、プレスティトさんという、極めて優秀な部下がいる。

 だから、この街のギルドは良い雰囲気で、冒険者たちもギスギスしていない。


 俺はエルティアのことをもっと知りたくなり、一番詳しいプレスティトさんに尋ねてみる。


「エルティアはどんな生い立ちなの?」

「母はエルフの里で浮いてました」

「俺はエルフのことは良く知らないんだけど、普通のエルフはどんな感じなの?」


 基本的にエルフは人里離れた森深くのエルフの里で暮らし、人間とは関わりを持ちたがらない。

 外に出てくるのは極めてまれで、俺も数人しか見た事がない。


「エルフはあまり好奇心がないんです。外の世界には興味がなく、緩やかに平穏に暮らしたい。それを望んでます」

「エルフは何百年も生きるんだよね?」

「はい、人間の何倍も生きますが、精霊と戯れるだけで、ただただ無為に過ごすのです」


 だから、外に出るエルフは少ないのか。


「だったら、エルティアは浮くだろうね」

「母は通常では有り得ないくらい精霊に好かれています。それだけでも浮いているのに、好奇心の塊ですからね」


 人間の世界でもエルティアは浮いている。

 それは良い意味で。


 プレスティトさんの言葉と表情から察するに、里では悪い意味で浮いていたのだろう。


「そんな生活に我慢できず、母は外の世界に出て来たのです」







   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『SS エルティアの過去(3)』


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