第270話 SS エルティアの過去(1)


 ――『狩りの街』に向かう前夜。


 俺はエルティアとプレスティトさん、三人で高級酒場の個室にいた。


「こんなお店で奢ってもらって、良いんですか?」

「はい、経費で落としますので」

「経費は良いぞ~」

「レントさんのおかげでギルド収入も倍以上になってます。お気になさらないで下さい」

「やっぱり、儲かっているんですね」


 【魔蔵庫貸与】があれば、使える魔力が増え、モンスター討伐数が増え、ギルドに入るお金も増える。

 こっちも、利息で魔力が増えて、どちらにとっても都合が良い。

 それにしても倍以上か。凄いな。


 そこに、給仕が注文を取りに来た。

 物腰が柔らかい、洗練された男だ。


「お飲み物はいかがいたしましょうか?」

「私は果実水で。レントさんはどうしますか?」

「取りあえず、エールで」

蒸留酒スピリッツだ! 精霊スピリッツと一緒だからな! ビンごと頼む!」


 蒸留酒がスピリッツと呼ばれるのは理由がある。

 蒸留する過程でアルコールが一度気体になり、その後、液体として凝縮されるため、まるで液体に精霊が宿るようなイメージがあるからだ。

 だから、蒸留酒は度数が高くなる。


 蒸留酒はピンキリで、ただ酔っ払うための物もあれば、風味を楽しむ物もある。

 この店なら、後者、しかもとびっきりの物だろう。


 そして、飲み物が運ばれ、乾杯が済むと、エルティアはとんでもない行動に出た。


「これが美味いんだよなあ~」


 そう言いながら、運ばれてきた蒸留酒の瓶からグラスに注ぐ。

 ここまでは良いのだが、エルティアはそこに魔力回復ポーションをぶち込んだ。


「えっ?」


 …………。


 どちらも適量であれば平気だが、大量に摂取すると……。


「ごくごくごく。ぷはぁ」


 合わせて500ミリリットルはあるのだが、エルティアはひと口で半分くらい呑んでしまった。

 高級酒を冒涜する呑み方だ……。


「大丈夫なの?」

「ん? なにがだ? レントも試してみるか?」


 本人に訊いてもダメそうなので、娘であり、保護者でもあるプレスティトさんに尋ねる。


「摂り過ぎは危険ですけど、その前に潰れちゃうので平気です」


 と動じた様子もない。

 きっと、いつものことなのだろう。


 その後、運ばれて来た料理を楽しみつつ、俺もエールを呑んでいく。

 どちらも絶品で、さすがは高級店だ。


 俺は酔っ払わないペースで呑んでいるが、エルティアは既に四本目の魔力回復ポーションポーションを空けたところだ。


「凄いハイペースで呑んでるけど、大丈夫なの?」

「止めると、泣き出すので……」


 プレスティトさんが呆れ顔を見せる。


「それに、酔っ払っても周囲に迷惑をかけるわけではないので」

「おい、レント! 呑んでるか」


 酔っ払ったエルティアが絡んできた。

 プレスティトさんがそう言うので、だる絡みはしないと思うのだが、少し不安になる……。


 エルティアはプレスティトさんの肩に腕を回し、ご機嫌だ。

 プレスティトさんも迷惑そうにしているが、顔は笑っている。

 本気で嫌がっているわけではなさそう。


「プレスティトは天才だぞ!」

「知ってますよ」

「まさに、タカがトンビを産んだってヤツだ!」


 逆、逆。

 トンビがタカを産むだ。


「なにせ、プレスティトはかけ算が出来るんだ!」


 ニッコニコでプレスティトさんの自慢を始める。


「その点、私はまだまだだ! 書類仕事もサッパリだ!」


 なぜか、自信満々。

 普通なら、落ち込んでしまうところだが、エルティアはご機嫌で続ける。


「プレスティトが教えてくれたんだ。誰でも最初は書類仕事は下手だと。それでも、一万枚も読めば、誰でも出来るようになるのだ!」


 確かにプレスティトさんが言う事は嘘ではない。

 ただ、普通の人なら、百枚も読まないうちに出来るようになるだろう。


「みんな、それだけ頑張っているんだ。だから、私も頑張っている。頑張っているんだが……」


 エルティアの仕事は、書類にサインを押すだけの仕事だと思うが……。


「ただ、ひとつ問題がある……」







   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『SS エルティアの過去(2)』


 エナドリとお酒の同時接種は、危険なので気をつけてね。


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