第273話 SS エルティアの過去(4)


「それでも、やっぱり里の生活に飽きて、母は人界に戻る事にしたそうです。そうして、また、冒険者活動を再開しました。それは良いんですが……」

「ソロ活動?」

「はい。まだ、私が人間でいうと一歳ぐらいの頃から、私をおんぶしてモンスター狩りを始めたんですよ。信じられます?」


 子連れの冒険者もいることはいる。

 だが、冒険に出かけるときは、ギルドや宿屋に預けるのが普通だ。

 子どもをかばいながら、戦えるほど、冒険者は甘くない。

 甘くないのだが、余裕でこなしているエルティアの姿が目に浮かぶ。


「そうやって、母は冒険者としての実績を積みAランク冒険者となり、私はモンスターへのトラウマを植えつけられました」

「うわあ……」

「だから、私が冒険者になる事は絶対にありません」

「まあ、そうだよね……」

「そんな生活をしばらく続けたんですが……」

「やっぱり、飽きちゃった?」

「その通りです。本当に飽きっぽい母で」


 本当に飽きっぽいな。

 想像すると、思わず笑いそうだ。


「とはいえ、他に出来る仕事があるわけでもなく、エルフの里に帰る気もなく、ダラダラと自堕落な生活を送ることになり、魔力回復ポーションにハマったのもこの頃です」


 不器用ではあるがなりに、プレスティトさんに愛情を注いだのだろう。

 プレスティトさんの笑顔からその思いが伝わってくる。


「そんな母を見て、さすがにヤバいと思ったので『私が頑張らないと!』と思って、ギルド職員になるための勉強を始めました」


 ギルドの職員になるには、ふたつのルートがある。

 ひとつは、プレスティトさんみたいに、テストに合格する方法。

 もうひとつは、エルティアのように、強い冒険者がその実績によってなる方法。


「ギルドでも母をどうするか、決めかねていたんですよね。事務能力は皆無だけど、戦闘力だけはトップクラス。ギルドとしても、放っておくのはもったいないと思ってたんです」


 たしかに、放っておいたら、何かやらかしそうだ。

 ギルドとしても、首輪をつけておきたかったのだろう。


「そこで私は、『母と私をセットで雇ってくれ』と交渉したんです」


 エルフとはいえ、幼い女の子による完璧なプレゼン。

 ギルド側がたじたじになっている風景が想像できる。


「この街は比較的、安全ですからね。だから、ここなら良いと、母はギルマスになったのです。私が補佐するという条件付きで」

「なるほど、そういう経緯だったんだ」

「相当嬉しかったみたいで、あの頃の母は本当に楽しそうでした。ずいぶんと張り切っちゃって……」


 そうなんだよね。

 プレスティトさんが好奇心旺盛と言っている通り、やる気は凄いんだよね。


「最初は書類仕事もやる気満々で、でも、それは空回りするだけで――」

「あはは」

「結局、また、飽きちゃいました」


 やる気を出して、空回りして、飽きてしまう。

 エルティアらしい。


「それでも、ギルマスは続け、ストレス発散にモンスター狩りを始めたんです。そうしているうちに、ピンチの冒険者を助けたりすることが重なって、人望が出て来たんですよね」


 あれだけポンコツなのに、冒険者たちからは慕われている。


「喜んでましたよ。私にも自慢しました。『どうだ、プレスティト以外の家族が出来たぞ』って」

「よく辞めなかったと思っていたけど、この街で望むものが手に入れられたんだ」

「はい。そうです。多分、この頃が、母の絶頂期です。でも……」

「やっぱり、飽きちゃったと」

「そんなところに、レントさんが現れたんです」

「そうだったんだ」

「レントさんと一緒に試練を挑んでいる間、母は本当に楽しそうでした」


 試練を楽しんでたもんなあ。

 空回りしていたけど、俺たちもどこか憎めなかった。


「レントさん、母のことはありがとうございました」


 プレスティトさんが真面目な顔をして頭を下げる。


「これでしばらくは『飽きた』って言わないと思います」


 そう言って、プレスティトさんは微笑む。


「しばらくはお別れですが、また、この街に来て下さいね」

「ああ、ラーシェスの故郷だしね、たまには顔を出すよ」


 会話がひと段落したところで――。


「レント、私はまだまだ戦えるぞ!」


 エルティアは机に突っ伏したまま、寝息を立てている。

 寝言だったか。


「そろそろ、帰ろっか。これ、どうしたら良い? 俺が運ぼうか?」

「はい、お願いします」


 こうして、この街で最後の夜が終わった。







   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『第10章登場キャラ紹介』


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