第265話 敗戦の翌日


 ――敗戦の翌日。


 俺とリンカはウィラード伯爵屋敷の応接間に居た。

 伯爵も一緒だ。


 あれから一日近くたったけど、まだ、ラーシェスは目を覚まさない。

 昨晩は心配で三人とも、ろくに眠れなかった。

 最悪、ラーシェスが内なる獣に呑み込まれてしまった可能性もある。


 俺とリンカもそうだが、伯爵の憔悴はそれ以上だった。

 最愛の娘が冒険者として活動し始めて、誰よりも喜んでいたのが父親である伯爵だ。


 これまでが上手くいっていただけに、急にこんな事態になるとは、青天の霹靂だっただろう。

 昨日、俺がラーシェスの状態について報告してから、ずっと、この調子だ。

 重苦しく淀んだ空気の中、一報が入る。


「お嬢様がお目覚めになりました」

「なんだとッ!」


 報告を受けて、伯爵が飛び上がる。

 俺とリンカも立ち上がる。


「今、行く」


 伯爵に続いて、俺たちもラーシェスの寝室に向かう。


「おお、ラーシェスよ」


 伯爵はベッドに横たわるラーシェスに抱きつく。


「良かった。良かった。本当に良かった……」

「ボクは……」

「大丈夫か? どこか痛いところはないか? 気分は悪くないか?」


 ラーシェスに呼びかける姿は、領主の顔を捨て、ただの父親となっていた。


「お腹減ったよ」

「ああ、食事は出来ている、すぐに用意させよう…………ん?」

「どうかした?」

「ラーシェス?」


 伯爵が怪訝な顔をする。


「あれ、ボク、なんか変?」


 貴族令嬢としての顔を捨て、素の顔を見せているのはラーシェスも同じだった。


「あっ……どうかしましたか、お父様?」

「んっ……ああ、問題ない」


 無意識だったのだろう。

 被っていた猫が取れた姿を見せてしまった。

 ラーシェスは猫を被り直す。

 伯爵はそれを起きたばかりで混乱しているせいだ――と割り切ることにしたようだ。


 そして、猫といえばもう一匹――ラーシェスの胸に乗りへにゃへにゃになった黒毛のイータだ。


「お腹ぺこぺこニャ」


 声まで萎れている。


「イータもいっぱい、つき合ってくれましたからね」


 ラーシェスは優しく黒毛を撫でる。


「お腹いっぱい魔力をあげたいところですが、私も魔力切れです。レントさん、借していただけますか?」

「ああ、もちろんだ」


 俺がラーシェスに魔力を貸与し、ラーシェスがイータに魔力を供給する。

 黒毛が白くなるにつれて、イータも元気を取り戻していく。


「オーナー、ありがとニャ。満腹ニャ」

「よしよし」


 落ち着いたところで、ラーシェスに尋ねてみる。


「どこまで覚えているの?」

「えーと……あっ」


 俺やリンカと同じく、ラーシェスは自分の腹に手を当てる。


「良かったです!」


 彼女は安心したように、笑顔を浮かべる。

 それから記憶を探るように、宙を見上げた。


 冒険者を始めたばかりの彼女には、重すぎる経験だったろう。

 心が折れていないと良いのだが……。


「大丈夫です!」

「ショックじゃなかった?」

「確かに、ショックはありました。ですが、この子もいますし、レントさんとリンカさんも一緒ですから」


 そう言って微笑む。

 案外、芯の強い子だったようだ。

 この調子なら、問題なさそうだ。


 そんな話をしていると、食事が運ばれて来た。

 お腹が空いていたのは本当のようで、ラーシェスはいつもよりいっぱい食べていた。

 そして、食いしん坊リンカはその何倍も食べてた。


 食事が終わり、俺たち三人はラーシェスの寝室に戻ってきた。

 作戦会議だ。


「ラーシェス。夢の話を聞かせてくれ」

「ご先祖様が新しいスキルを授けてくれたんだ。その練習にイータがつき合ってくれて、だから、ボクもイータも魔力切れになったんだよ」

「新しいスキル? 使えるようになったんだ」

「うん。バッチリ! でも、まだ、天使相手に使うには自信がないかな」


 スキルを使えるのと、使いこなせるのでは大違いだ。


「だから、レントに練習相手になって欲しい」

「私も策があります。レントさんにつき合ってもらいたいです」

「うん。焦る必要はないから、万全の準備を整えてから、再戦に挑もう」

「はい!」

「うん!」







   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『再戦』


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