第262話 ???
どこだここは?
俺は誰だ?
気がついたら、俺は砂漠にいた。
過去の記憶がまったくない。
不意に、なにかが目の前に現れた――。
「マスター、おはようございます~。魔力運用ならなんでもお任せ、サポート妖精のエムピーです~」
「エムピー?」
俺の顔の前に浮かび、四枚の羽をヒラヒラとさせる小さな妖精。
その名前に、記憶の一部が蘇る。
俺の名はレント。
SSSギフト【無限の魔蔵庫】の持ち主。
彼女は俺のサポート妖精のエムピーだ。
ただ――それ以外のことは思い出せない。
さっきまで、何をしていたのか、全然分からない。
「さあ、マスター、取り立ての時間です~」
「取り立て?」
「マスターのギフトは相手に魔力を貸して、利息付きで取り返すです~」
次の瞬間――。
砂漠に大きな穴が空く。
その穴から、亡者のごとき人々が次々と現れる。
「助けてくれ」
「もう取り立てないでくれ」
「この地獄から解放してくれ」
口々に呪詛のような言葉を唱えている。
目は絶望に染まり、ガリガリに痩せ衰えた者たち。
「アイツらは?」
「悪質債務者です~。リボ地獄に堕ちた者たちの末路です~」
「リボ地獄……」
その言葉に記憶がひとつ蘇る。
「ガイ、エル、ミサ……」
そうだ。
俺はパーティーを追放された恨みを、ヤツらをリボ地獄に堕とすことで復讐したのだ。
それを思い出すと、全身を歓喜が走る。
貸した魔力を返さないヤツが悪い。
ソイツらから取り立てて何が悪い。
俺の役目は、人をリボ地獄に叩き落とし、不幸のどん底を味合わせること。
それこそが、創世神から授かった俺の
「マスター、これをご覧下さい~」
エムピーが一枚の羊皮紙を手渡してきた。
そこには人の名前と数字の一覧が並んでいた。
「ヤツらの債務額と返済プランです~」
その数字を見て、頭に血が上る。
どいつもこいつも、借りるだけ借りて返そうともしない人間のクズだ。
こんなヤツらは最後の一滴まで搾り取られて当然だ。
沸騰する怒りが暴発しそうなところで、エムピーが口を開く。
「そこに書いてある名前を押すだけで、そのゴミクズを終わらせられるです~」
「終わらせる? どういう意味だ?」
リボ地獄に堕ちている時点で、もう、ソイツの人生は終わったようなものだ。
「本当の意味で終わりです~。命と魂をもって、返済にあてるです~」
「つまり、俺が押せば……誰かの人生が終わるってことか」
「ご名答です~。試しに私がやってみましょうか?」
「ああ」
「マスターの許可が出たので、えいっ!」
エムピーが羊皮紙に指を押しつけると、亡者の群れから絶叫が聞こえる。
「これで、一匹、始末したです~」
エムピーはすっきりとした笑みを浮かべている。
そういうことか。
「さあ、サクサクいきましょう~」
エムピーにうながされ、俺は一人ずつ、名前が書かれた場所を押していく。
その度に聞こえる絶叫。
体中が至福で包まれ、とてつもない快感に襲われる。
羊皮紙を押すたび。一人の人生を終わらせるたび。
生を実感する。
指先ひとつで他人の生死を決められる。
これが俺の【無限の魔蔵庫】だ。
しかも、相手は悪質債務者なので、良心の呵責はまったくない。
身体の内側から沸き起こる衝動に駆り立てられ、俺は害虫を駆除していく。
「もっともっとです~。マスターは全てを奪い尽くすお方です~」
エムピーも恍惚とした表情で身体をくねらせる。
その姿を見て、脳内に過去のエムピーの言葉が浮かぶ。
――呪われた道だけではなく、他人を信じて進む道。その道が残されているんです。
――マスターは相手を幸せにするために貸すのですか?
――それとも、利息を取り立てるために貸すのですか?
その言葉と今のエムピーが上手く結びつかない。
そんな違和感を覚えると同時に――。
――SSSランクギフトは悪意に満ちてます。油断すると、ギフト保持者をパックリと呑み込んでしまいます。
――私はマスターに……人間に失望したくありません。どうか、どうか、内なる獣に乗っ取られないように。
ああ、そういうことか。
俺はすべての記憶を取り戻した。
俺はエムピーに、いや、エムピーの形をしたモノに向かって告げる。
「誰だ、お前?」
彼女の笑顔がピタリと固まる。
「エムピーじゃないだろ? 内なる獣だろ?」
途端、内なる獣はエムピーの姿を捨て、黒いモヤとなって俺を包み込む。
「俺には、エムピーがいる。リンカとラーシェスもいる。俺を呑み込むには、まだ早かったな」
俺が強い意志を持つと、黒いモヤは消え去り、目の前が明るくなった――。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
次回――『目覚め』
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