第258話 最後の試練(2):ファースト・シーケンス


 最後の試練が始まる――。


 そこは真っ白の部屋だった。

 第二の試練のだだっ広い部屋とは違い、それほど広くない部屋だ。

 床も、壁も、天井も、真っ白なせいで、いまいち距離感が掴めない。

 それでも10メートル四方から20メートル四方の間だろう。

 ピラミッドの中とは思えない光景だ。


 くらり。


 吸い込まれるような感覚。

 水平感覚が乱れる。


 純白に囲まれたこの部屋は、どこか不快だ。

 まるで全身に悪意を叩きつけられるようだ。


「気持ち悪いです……」

「酔っちゃったみたい」


 俺だけでなく、二人とも気分悪そうにしている。

 ラーシェスは膝をついている。


「ヒール」


 皆に回復魔法をかけると、多少はマシになり、ラーシェスもなんとか立ち上がった。


「戦う前からキツいな」

「そうですね」


 アンガーが言っていたように、最後の試練は一筋縄ではいかなそうだ。


「兄貴、姐御、来ッス」


 アンガーが告げるのと、同時に耳障りな声が流れる。


 ――侵入者感知

 ――迎撃モードへ移行

 ――励起始動。

 ――励起率10%

 ――励起率50%

 ――励起率80%

 ――励起率100%

 ――レプリカ天使起動

 ――ファースト・シーケンス

 ――侵入者を排除せよ


 純白でなにもない部屋――そう思っていた。

 が。

 前方に光が集まり、形を成す。


「天使?」


 部屋が白いせいでわかりづらいが、声が告げた通り、創世神を讃える教会の教本で見たような天使が、数メートル離れた場所に出現した。


 サイズは俺たち人間と同じくらい。

 全身は白磁のようで、関節は球体で出来ている。

 のっぺりとした顔。

 眼がある場所には、意思を感じさせない青い珠がふたつ。


「レプリカ?」


 複製レプリカということだが、本物の天使ではないのか?

 なら、誰が作ったんだ?

 いや、考えるのは後回しだ。


「無空弾」


 遠距離攻撃を持たない二人に変わって、俺は天使に向かって魔力弾を放つ――。

 が。

 魔力弾は天使に吸い込まれるように消えてしまう。


「それは効かないニャ」

「ノーダメージか?」


 イータが言う。


「なら、なにが通じるんだ」

「それは――」

「羽根が飛んでくるッス」


 アンガーの叫びに、イータの言葉がかき消される。


 ――攻撃察知

 ――ファースト・シーケンス

 ――ウイングモード


 天使は翼を広げ、宙に浮く。

 それを見て、本能がザワつく。


「攻撃が来るぞ」


 二人とも、俺と同じものを感じ取ったのだろう。

 すぐに、構えを取る。


 アンガーの言葉通り、天使が翼をはためかすと、無数の針のような羽根が俺たち目掛けて飛んでくる。


「無空波」


 俺は魔力の波で広範囲の羽根を消滅させる。


「アンガーちゃん、後ろ」


 リンカはアンガーをかばうように立ち――。


参之太刀さんのたちは先の先――かかるも退くも足はただ居つかぬやうに使ふなり。右手をば陽にあらはし、左手は陰にかへして、斬るにあり」


 リンカは高速の連続斬撃で、自分に飛んできた羽根を斬り落とす。


 だが――。


「イータッ」


 俺たち二人と違って、ラーシェスには防御スキルがない。

 それでも、彼女はイータをかばって、血統斧レイン・イン・ブラッドを振るう。

 大部分の羽根を落としたが、それでも完全には回避できなかった。

 少なくない羽根が彼女の身体に突き刺さる。

 羽根は消滅し、羽根が刺さった場所から、血が流れ出る。


「オーナー、済まないニャ」

「これくらい、飼い主の務めだよ」


 痛みに顔を歪ませながらも、イータを安心させる声で告げる。


「ヒール」


 俺はラーシェスに回復魔法をかけるが――。


「効いていない?」


 理由は分からないが、回復魔法では、彼女の傷はまったく癒えない。


「なら――」


 俺は回復ポーション瓶の蓋を開け、ラーシェスに向かって投げる――。







   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『最後の試練(3):セカンド・シーケンス』


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