第252話 レントの提案


「それで、お話というのは、やはり、【魔蔵庫貸与】のことですよね?」

「はい、ちょっとご相談がありまして」

「ごっ、ごめんなさい。ちゃんとお返ししますので」


 彼女は慌てて、頭を下げるが、俺は首を横に振り、その件ではないことを伝える。


「返済を迫りに来たのではありません。ただ、このままでは――」

「そうですね……」


 医師に必要なのは膨大な知識と経験。

 だが、それは大前提。

 無から有は生み出せない。


 薬、ポーション、そして、魔力。

 治療にはこれらが必要だ。


 机の後ろの棚には、様々な薬草や薬瓶、体力回復ポーションや魔力回復ポーションが並んでいる。

 ラーシェスの話によると、薬とポーション費用は伯爵が支援しているそうだ。

 それをもとに、コットン先生はここ貧民街で十年以上も開業している。


 三〇歳くらいということだが、その見た目は幼く、十代の少女にしか見えない。

 それでも、その瞳の奥には、揺るぎない信念が感じられる。

 一朝一夕では身につかない確固たる意思が潜んでいる。


「先生の志は尊敬に値すると、僕は思っています。そこで、微力ながらも、貢献できればと思ってここに来たのです」


 そこにエムピーが姿を現す。

 コットンさんは一瞬驚いたが、すぐに理解したようだ。


「こんばんは~」

「噂のサポート妖精さんですね。本当にありがとうございます」

「お気になさらずに~。こちらもお世話になっているので大歓迎です~」


 今まで、先生は魔力回復ポーションを飲み続け、患者の治療を行ってきた。

 さすが医師だけあって、中毒にならないよう心がけているだろうが、限界まで飲んできたのだろう。


 それでも、救えぬ命があった。

 だから、【魔蔵庫貸与】の話を訊いて、一も二もなく飛びついたのだ。


 それによって、ダンのように、救えなかった命を救えるようになった。

 ただ、その代償として、コットン先生は膨大な魔力負債を抱えている。


 さっきのダン治療の際も、躊躇うことなく【緊急貸与】を使用した。

 すでに、返済可能な額を超えて――リボ地獄に嵌まっているのだ。


 先日、俺に襲ってきた自業自得の悪質債務者と、先生を同じように扱うことは俺には出来ない。

 これだけ素晴らしい先生を苦しめようとは思わない。


 それでも、俺は魔力貸しとして、返済を免除しようとは思わない。

 それを一度やってしまったら、際限なくなってしまう。


 だから、俺はプレスティトさんとエムピーが考えた案に乗ることにしたのだ。

 エムピーがその案をコットンさんに説明していく。


 先生は真剣にその話を聞きながら、徐々に困惑していく。

 やがて、エムピーが説明を終える。


「お話は理解いたしました。ですが、その方々にご迷惑をおかけするのでは……」

「問題ないです~。そこは私と冒険者ギルドで調整します~。あくまでも善意で無理強いはしないので、誰も不幸にしないです~」


 コットン先生はしばらく考え込む。

 そして、決心して口を開く。


「それでしたら、是非、お願いします」

「では、一緒に冒険者に行きましょう。この時間なら、ひと仕事終えた冒険者が大勢います」

「お酒が入って判断力が鈍っている今が稼ぎ時です~」


 相も変わらず、この手の話になると、エムピーは腹黒い笑みを浮かべる。

 まあ、今回はエムピーが言っていたように、誰も不幸にしない。

 俺の【魔蔵庫貸与】は人を不幸にも、幸せにも出来るのだ。







   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『コットン先生を救え』


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