第251話 治療を終えて

 それから何度か、先生がヒールをかけ――手を止めて、大きく息を吐く。

 先生はルーディーが手渡した濡れタオルで顔を拭う。


「もう大丈夫です。後遺症もありません」

「先生、本当にありがとな」


 ダンはベッドに横たわったまま、涙を流しながらお礼を述べる。

 疲労は溜まっているようだが、呼吸は落ち着いている。

 コットン先生が言うように、怪我は完治したのだろう。


 ダンだけでなく、仲間の二人も憚らずに嗚咽を上げる。

 一人は「兄貴」と呼んでいたくらいだ。

 二人にとって、ダンはかけがえのない存在なのだろう。


「でも、まだ、血が失われてるので、しばらくは安静にして下さい」

「ああ、最悪の気分だ」


 ダンが自嘲気味にこぼす。


「でも、生きている。悪くないな」

「休んでいきますか?」

「モニカが待ってる。モニカは夜を怖がる。俺が帰らないと」

「一人娘さんですものね」

「ああ、モニカは俺の宝だ」


 ダンは上体を起こす。

 少しふらついたが、それでも気丈にベッドから下りる。


「兄貴」

「無理しないでくださいよ」

「これでまた働ける。バリバリ働いて、お返しするぜ」

「無理して、また、怪我しないでくださいね」


 ダンは両肩を二人に支えられながら、診察室を出る。

 心配そうだった患者たちは、ダンの無事な姿を見て安堵する。


「さすがは、先生だ」

「先生は、ホントに聖女様だよ」

「俺らのために、ここまでしてくれる」


 皆の顔には、先生への感謝が浮かんでいる。


「手術は無事に終わりました。次の患者さんどうぞ」


 先生は疲れた様子も見せず、患者たちに笑顔を向けて安心させる。

 次の患者が診察室に入ると、三人がルーディーに話しかける。


「これ、兄貴の分の治療費です」

「俺からも」


 付き添いの二人は、ポケットから取り出した硬貨をすべて、カウンターに載せる。

 ダンは申し訳なさそうに――。


「仕事途中だったから、今日は持ち合わせがねえ。明日、持ってくる」

「気にしないでください。いつも言ってますが、お心ばかりで構いませんので。それより、モニカちゃんに美味しいものを食べさせてあげてください」

「ああ、感謝する」


 ダンは二人に支えられるようにして、診療所を後にした。

 その後も、先生は疲れた様子も見せず、待っていた患者の診察を行っていく。

 結局、診察が終わったのは、本来の終了時間の一時間後だった。


 先生のひととなりはダンの一件でよく分かった。

 ここに来る前から気持ちは半分固まっていたが、俺は先生を支援する決心をした。


「先生がお呼びです」


 ルーディーに言われ、俺とラーシェスは診察室に入る。

 先生は机に向かって、書き物をしていた。

 患者たちのカルテだろう。


「ごめんなさい。もう少し時間がかかります。お待たせして申し訳ないのですが、そこにおかけになってお待ちください」


 コットン先生にうながされ、俺たちは先生と向かい合う椅子に腰を下ろす。

 ルーディーは俺たちの後に立つ。

 まるで、俺たちがなにかやらかさないかと、監視するように。


「こちらは気にしないで構いませんので、急がなくても結構ですよ」

「では、御言葉に甘えて」


 先生は頷くと、書類作業に戻っていった。

 十分ほど待つと、先生が顔を上げた。


「お待たせしました。わたくしにお話があると聞きました。ラーシェス嬢に――」

「彼女とパーティーを組んでいる冒険者のレントです」

「あなたがレントさんですか!」

 先生は目を大きく見開く。

「ありがとうございます。レントさんのおかげで、何人もの命を救うことが出来ました。本来なら、こちらからお礼に伺わなければならないのですが」

 先生は深く頭を下げる。

「いえいえ、お気になさらずに。俺はわずかばかり、力を貸しただけです。コットン先生の志あらばこそです」


 俺がやったのはギフトを利用しただけ。

 それに対して、コットン先生はギフトに頼らず、絶え間ない研鑽と、地位や名誉を選ばず、貧しい人々を救うという生き方を選んだ。

 本当に尊敬するべきは、俺ではなく、コットン先生だ。


「それで、お話というのは、やはり、【魔蔵庫貸与】のことですよね?」

「はい、ちょっとご相談がありまして」







   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『レントの提案』


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