第250話 聖女コットン
ダンはすぐに診察室のベッドに寝かせられる。
室内には俺とラーシェス、先生にコットン。
ダンを運んできた二人も心配そうに見守っている。
「お二人は足の骨折をお願いします」
先生は俺とラーシェスに任せてくれた。
相手が冒険者ならば、ヒールをかけたり、ポーションを振りかけたり――これだけの重傷であっても、簡単に癒やせる。
冒険者にとって、これくらいはままある怪我だ。
俺は慣れているが、ラーシェスは戸惑っている。
「レント、どうすればいい?」
「折れた場所に手を当てて、回復魔法を使うんだ」
「分かった」
俺とラーシェスはダンの脛に手を当てて、回復魔法を発動させる。
「ヒール」
『――【
冒険者相手だったら、これで完治している。
だが、やはり、ほとんど効果がない。
それでも、少しでも効き目があればと、俺とラーシェスは連続で魔法をかけ続ける。
骨折の治療でこれだけ大変なのだ。
ダンの腹の怪我を治すのは、俺たちには不可能だ。
「大丈夫かな?」
「先生に任せよう」
普通の人には回復魔法がほとんど効かない。
では、どうするか?
コットン先生の隣には、ルーディーが立ち、タオルで腹部から溢れ出る血を吸う。
先生はダンの腹部に入った金属の破片をピンセットで丁寧に取り除いていく。
尖った資材の上に落下したとの話だったが、衝撃で折れたのだろう。
これは厄介そうだ。
だが、先生は見る見るうちに破片を取り除いていく。
素晴らしい技量だ。
そして――。
「破片除去完了です」
先生の言葉に付き添いの二人は、思い出したかのように息を吐く。
「新しいタオルを」
先生に指示されたルーディーは新しい清潔なタオルを取り出し、血を吸わせる。
患部の状況がよく見えるようになった。
「ポーション」
ルーディーは回復ポーションを棚から取り出し、蓋を開けて、先生に手渡す。
それを受け取った先生は腹の中に手を入れ、破れた血管に手を添え、ポーション振りかける。
次いで、その場所に――。
「ヒール」
「ヒール」
「ヒール」
「ヒール」
「ヒール」
連続でヒールをかける。
プレスティトさんから聞いた話は本当だった。
先生はヒールを連発している。
リキャストタイムを無視して。
それができるのは、俺から【魔力貸与】を受けているからだ。
先生はヒールをかけながら、ポーションや俺の知らない薬を投与する。
そのたびに、少しずつ、血管の穴が塞がっていく。
医者となるには、人体の構造を熟知する必要がある。
怪我や病巣をピンポイントで把握し、そこにヒールをかけるのが一番効果的だからだ。
そして、病気の場合は薬草やポーションの使い分けが必要になる。
どちらも膨大な知識だ。
加えて、今回のように、怯えず、恐れず、躊躇わず――手術を行うだけの胆力と技量も要求される。
コットン先生ほどの一流医であれば、引く手あまた。
王侯貴族のお抱えとなって、一生遊んで暮らすことも可能だ。
それでも、先生はこの道を選んだ。
だからこそ、彼女は貧民街の聖女と呼ばれるのだ。
「先生……俺は……死ぬのか?」
意識を取り戻したダンが、苦痛に顔を歪ませながら尋ねる。
「絶対に助かります。だから、気をしっかり持って」
「兄貴、モニカちゃんが兄貴の帰りを待ってます」
「そうだな……モニカを一人遺すわけにはいかないな。先生、任せるぜ」
ダンは安心し、目を閉じた。
診察室は静まり返る。
先生が治療する音と、ときおり漏れるダンのくぐもったうめき声。
やがて――。
「こっちはもう大丈夫。ダンさんは助かりました」
先生が顔を上げたとき、ダンの腹部は綺麗に塞がっていた。
ダンの呼吸も大分落ち着いている。
「後は足の骨折を治します。二人ともありがとうございました」
先生に任せて、俺たちはダンから離れる。
俺とラーシェスは骨折した場所に回復魔法をかけるだけだった。
しかし、先生はまず、折れた骨を本来あるべき形に戻す。
グッと堪えるダンの声。
全身汗まみれだが、それでも必死に堪えている。
「ヒール」
それから何度か、先生がヒールをかけると、ダンの骨折が治った。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
次回――『治療を終えて』
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