第249話 ダンという名の男


「先生、助けてくれッ!」


 大きな叫び声とともに、入り口の扉が乱暴に開けられた――。

 入ってきたのは二人の男によって運ばれてきた担架だ。


 担架に乗っているのは三〇歳くらいの大男だ。

 苦しそうに歪めた顔には玉のような脂汗が滲んでいる。


 腕をだらんと担架からはみ出し、シャツの腹部は裂け、真っ赤に染まっている。

 おびただしい量の血液が流れ出ており、一刻を争う事態であるのは明らかだ。


 男たちの登場に、場が騒然となる――。


「ダンさんっ!」


 ルーディーが慌てて、担架に乗せられた男に近寄る。

 声をかけられても、ダンはうめくばかりで返事も出来ない。


 そこに、診察室のドアが開く。


「どうしました?」


 出て来たのは白衣姿の女性だ。

 丸眼鏡に茶色の三つ編み。

 ラーシェスの話では、三〇歳近いということだったが、あどけない顔は十代にしかみえない。


 彼女こそが、ここコットン診療所の医師――貧民街の聖女と呼ばれるコットン先生だ。


「兄貴は俺をかばって落ちたんだ」

「運悪く、そこに資材が積んであって」

「尖ったヤツが兄貴の腹に刺さったんだ」


 格好からすると、三人は日雇いの人足として工事現場で働いているのだろう。

 貧民街の住人には多い仕事だ。

 待遇は悪く、仕事は安定しないが、安く使われても、なんとか生きていくことはできる。


 彼らにとっては怪我は死活問題だ。

 働けないと、稼げない。

 たとえ、骨折程度でも、食い扶持が得られなければ、飢えてしまう。


 貧民街の住人は、他人を助けるだけの余裕がない。

 だが、この二人にとって、ダンは他人ではないようだ。

 その深刻な顔つきは、心からダンのことを思っている――と伝わってくる。


 コットン先生はダンを見て、目つきを変える。

 鋭い目つきになった先生はダンに駆け寄る。

 そして、赤く染まったシャツを引き裂き、ダンの腹部を露出させる。

 血で汚れるのを気にすることもなく、患部を調べ、それから全身を確認していく。


「足も折れてますね。急いで診察室へ」


 先生が言う通り、ダンの右足は脛が折れ曲がっていた。


「先生、兄貴を助けてくれよ」

「先生、お願いします」


 担架を運んできた二人が、先生にすがりつく。


「安心してください。ダンさんは必ず助けます」


 絶望していた二人の目に、僅かな希望の光が生まれる。

 それだけ先生への信頼が大きいのだろう。


 俺は先生に話しかける。


「僕はヒールが使えます」

「私も回復魔法が使えるようになりました」


 コットン先生は俺たちを見て頷く。


「では、お二人もご協力ください」


 残念ながら、俺たちに出来ることは少ない。

 というのも、回復魔法や回復ポーションが効くのは冒険者だけだからだ。

 正確に言えば、成人の儀で冒険者に相応しいギフトを与えられた者のみ。


 そうでない者には、効果が薄い。

 かすり傷程度なら治せるが、今のダンのような重症患者はお手上げだ。

 回復職が一般人の治療だけで稼ぐことを許すほど、創世神は優しくない。


 それでも、気休め程度にしかならなくても、いないよりはマシだろう。

 俺とラーシェスは後に続いて、診察室に入った。







   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『聖女コットン』


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