第248話 ルーディーと言う名の少年


 ドアを開けると、ベルがカランと音を立てる。

 そして、俺が最初に受けた洗礼は、貧民街に来てから受けたものより、遥かに熾烈なものだった。


 中にいた数人の人々は俺が入ってきても、とくになんの反応も示さなかった。

 俺に気がついて、睨みつけながら、一人の少年がツカツカと俺に近づいてくる。

 少年は俺を見上げて、キツい口調で言う。


「ここはアンタみたいな冒険者が来る場所じゃない。冷やかしなら帰れ」


 少年は俺をキッと睨みつける。

 意地でも譲らぬという決意が小さな全身から伝わってくる。


 少年の顔にはそばかすが残り、くせっ毛が飛び跳ねている。

 十代前半、まだ洗礼の儀も受けていないだろう。


 少年と俺のやり取りに気付いた他の人々が俺を見る。

 少年ほどではないが、歓迎されていないようだ。


「コットン先生に話があるんだ」

「冒険者なんかに話はない。とっとと出て行け」


 少年は近くにあったモップを掴み、俺に突きつける。

 これ以上、少年を刺激するのもマズいな――そう思ったとき。

 カランとベルが鳴った。


「ルーディー、彼の話を聞いて下さい」

「ラーシェスお嬢様……いったい」


 すっかり貴族令嬢の仮面を被ったラーシェスに、ルーディー少年は豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をする。


「ふざけているんじゃないわ。コットン先生に真面目な話があるのです」

「…………」


 ルーディーは眉をひそめ、どうしたら良いか決めかねている。


「お嬢様、ですが……」

「診療時間が終わるまで待ちます」

「そうおっしゃられるなら」


 ラーシェスの押しに、ルーディーは折れるかたちをとった。

 とはいえ、俺に向ける視線は厳しいままだ。


 ラーシェスはルーディーに頷いてみせると、今度は、俺に目配せをする。

 その意図を察したので、俺も頷く。


「じゃあ、待たせてもらうわね」


 そう言うと彼女は、部屋の隅に移動し、壁にもたれかかる。

 俺が隣に並ぶと、ルーディーはハッと目を見開く。

 そして、そばにあった丸椅子を掴み、ラーシェスに向かって言う。


「お嬢様、おかけください」


 令嬢を立たせておくわけにいかない――ということなのだろうが、手に持つ椅子はひとつ。

 俺は人数に入っていない。


「いりません。私も彼も怪我はないし、病気もしていない。その椅子は、私達のためのものではありません」


 ラーシェスが首を横に振ると、ルーディーは簡単に引き下がった。

 彼女の言う通りだ。


 ここは――コットン診療所。


 貧民街の聖女と呼ばれるコットン先生が、貧しき人々を救うために作った診療所だ。

 ここは待合室だろう。

 いくつかある丸椅子に、数人の男女が座って順番待ちをしている。

 怪我をした者、具合の悪そうな者。

 重い症状の者はいないが、そのような者のためのベッドも置かれている。


 ラーシェスが言う通り、彼らの順番に割り込んでまでして、する話ではない。

 どれだけ時間がかかるのか分からないが、俺は彼女と並んで診療時間が終わるまで待つことにした。


 診察室のドアが開くと、腕に包帯を巻いた男が出て来た。


「セツさん、お入りください」


 次に呼ばれたのは、腰を曲げた老婆だった。

 歩きづらそうな彼女の手を取り、ルーディーが診察室まで連れて行く。


 それが済むと、包帯男の応対をするために、ルーディーはカウンターにつく。

 包帯男は自由な方の手でポケットをまさぐり、数枚の銅貨をカウンターの上に載せる。


「少なくて済まねえな」

「お気持ちだけでいいんですよ。それよりも、今度は無理しないでくださいね」

「ああ、俺だけいつも先生の世話になるわけにはいかねえからな」


 その後も、治療が終わった患者が去り、後から新しい患者が訪れる。

 ひっきりなしだ。

 コットン先生は休む暇もなく、診療に当たっている。


 ひとつ、感心したのは、診察の順番だ。

 冒険者ギルド受付のように、早い者順ではなかった。


 現れた患者の状態を判断し、緊急を要する患者は優先されるのだ。

 その判断を行うのは、ルーディー少年だ。


 ただのお手伝いだけではなく、彼もこの診療所には欠かせない存在だ。

 俺を威嚇してきたのも、ここを守りたいという一心ゆえだろう。


 幼いながらも懸命に働くルーディーに感心していると――。


「先生、助けてくれッ!」


 大きな叫び声とともに、入り口の扉が乱暴に開けられた――。







   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『ダンという名の男』


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