第228話 休日のお買い物(6)


 ゾクリ。

 背中を冷たい汗が流れた――。


 自分の身に起こる未来が想像できたからだ。

 誰かをリボ地獄に落とし、魂を消滅させないと――。

 俺もそのうち、【無限の魔蔵庫】に苦しめられるようになるんだ。


 ふぅ。と大きく息を吐く。

 それはまだ先の話――そう自分に言い聞かせる。

 それより、アンガーの話はまだ途中だ。


「敵の魂を斬り裂く――そのためにはどんな武器が必要だ?」

「良い質問ッス」


 アンガーは俺にピシッと指を向ける。


「ただの剣じゃダメッス。厚すぎるッス。身体の隙間を斬り抜き、魂を割る。そのためには、薄く、薄く、限りなく薄い刃じゃないとダメッス」

「薄い刃……このカタナじゃダメなのか?」


 カタナの刃は普通の剣に比べて、著しく薄い。

 これでもダメとなると、何があるんだ?

 いくつかの武器を思い浮かべるが、これ以上刃が薄いと、耐久性がない。

 一撃で砕け散ってしまうだろう。


「そのカタナは悪くないッス。ただ、欠けているッス。不十分ッス」

「どういうことだ?」

「まあ、任せるッス。店長!」

「なっ、なんでしょうか?」


 伯爵から話を聞いていたのか、店長はアンガーの出現に驚いていなかった。

 だが、呼びかけられて、驚いた声を挙げる。


「このカタナはひとつじゃないッス。片割れがいるッス」

「片割れ……ですか?」

「思い出すッス」

「…………あっ⁉ 少々お待ちください」


 店長は何かを思いだしたように、店の奥へ向かう。

 あちらは……倉庫か。

 もし、そこにリンカが、【阿修羅道】が求めているものがあれば……。

 興奮に胸が高鳴る。

 リンカを見ると、涙が止まり、期待するように倉庫の方に視線を向ける。

 まるで、恋い焦がれる乙女のように。


「お待たせしました」


 店長はころげそうになりながら、走って戻って来た。

 その胸に大切そうに抱えられているものは布でくるまれた棒状のものだ。


「こちらです」


 店長が覆いの布を外す。

 出て来たのはリンカが持つカタナと同じようなもの。

 長さは少し短い。


 リンカが手を延ばす――。


 その瞬間。

 二つのカタナがまばゆい光に包まれる。


 光が収まると、二つのカタナが水色に輝く。

 リンカの髪と同じ色だ。

 そして、刃が薄く変形している。

 向こうが透けて見えるほどの薄さだ。


「これが私のユニークウェポン……」


 リンカは喜ぶというより、困惑している様子だ。

 立ち上がり、二本のカタナを構える。


「長い方が冥土。短い方が穢土えど。合わせて幽冥弐刀ヘル・アウェイツ


 空気が変わった。リンカが別人のようだ。

 ニッコリと笑う顔には凄惨さが隠しきれない。


「試し斬りできますか?」


 彼女の気迫に押され、店長はコクコクと頷くことしか出来ない。

 リンカは気にせずに、裏手の試し場に向かう。


 外に出て、リンカは赤柱の前に立つ。

 さっきのサンドバッグは打撃を試すもの。

 レッドドラゴンの骨で作られたこの柱は斬撃を試すもの。

 打撃には弱いが、斬撃に強い柱だ。


「行きます」


 リンカが腰を落とす。

 右手には長い冥土を。左手には短い穢土を。

 二本の柄を握り――。


 ――チン。


 高い音が鳴ると、リンカは腰を上げ、柄から両手を離す。


「終わりました」

「えっ、なにが!?」


 ラーシェスが驚き、店員たちはポカンとしている。


「さっきの音は、納刀の音?」

「はい。終わったので、カタナをしまいました」

「終わった? なにが起こったの?」


 ラーシェスが驚いている。

 だが、俺は見えていた。


 刹那――リンカは二刀で赤柱を斬ったのだ。

 あまりにも斬り口が綺麗すぎて、なんの変化もないように見える。


 だが――。


 俺は赤柱に近づき、上の方をチョンと軽く押す。

 すぅっと、滑らかにズレ、斜めに切られた最上部が滑り落ちる。

 そして、次は、真ん中。

 これも押すと、滑り落ちた。


「……………………」


 誰も言葉を発せなかった――。







   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『ボルテンダール墳墓攻略二度目(1)』


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