第224話 休日のお買い物(2)


 俺が期待する中、男から受け取った手甲をリンカが装着する――。

 だが、淡い期待は儚く、手甲は変化を見せなかった。


「違ったみたいですね」

「そう上手くはいかないか」


 リンカはあまり気落ちした様子もない。

 淡々と装備していく。


 手甲の裏側には幅広のゴムが3カ所つけてある。

 腕を通して、このゴムで固定するのだ。


「これだと、そう簡単には外れなさそうですね」


 リンカは腕を振って、装備感を確認する。

 ただのゴムではなく、なんらかのモンスター素材のようで、一度装着するとしっかりとロックされた。

 初めてにしてはずいぶんと馴染んでいる。

 ジャストフィットというわけではないが、これくらは調整でどうにかなるだろう。


「思っていたより軽いですね。試しても良いですか?」

「では、こちらへ」


 案内された場所には、黒い円柱がぶら下げられていた。


「サンドバッグですか?」

「はい。打撃の試しにはこれが一番ですので」


 店長が言う通りで、ギルドの訓練場にもサンドバッグが置かれている。


「外側はブラックフェンリルの皮で、中に入っているのは黒砂鉄です。よっぽどの事がなければ壊れませんので、ご遠慮なくお試し下さい」


 ブラックフェンリルは斬撃に弱いが、打撃にはめっぽう強い。

 黒砂鉄は魔力を流すことによって、衝撃を吸収する。

 サンドバッグとして、文句なしの素材だが、それと比例して価格もバカ高い。

 こんな高級なものを使わせてもらって良いんだろうか。

 俺の不安を感じ取ったのか、店長が告げる。


「ご安心下さい。これは伯爵様から借り受けた物です。壊しても構わないと言われております」


 この街の冒険者は人数が多いわけでもないし、トップクラスの冒険者がいるわけでもない。

 先日まで『双頭の銀狼』と『流星群』が同時にいたのは極めてまれなケースで、普段はBランク冒険者が十数人いる程度だ。


 なので、このサンドバッグはこの街に不釣り合いな高級品だ。

 なぜ、この街にこんなものがあるのか、疑問だったが、その謎も解けた。

 ジンさん辺りが伯爵に話を通してくれたのかもしれないな。


 リンカはサンドバッグの前に立つ。

 死骨剣は持っていない。


 足を開いて、腰を落とす。

 それに合わせて、ハカマがふわりと揺れる。


 拳を前に構える。

 体術は使った事がないと言っていたが、妙にさまになっている。


 手か足か。

 リンカが選んだのは――。


 突きだ。

 ワンツー、ワンツーと交互に突きを出す。


 今、装着している手甲は、指先は出ているが、第1関節まで覆っている。

 ミスリル・ナックルで殴るたび、少しずつサンドバッグが揺れていく。


 リンカの突きは衝撃を吸収され、ドン、ドン、と低く鈍い音がなる。

 店長が太鼓判を押すだけあって、サンドバッグ自体にはほぼダメージゼロだ。


「重たいですね。次は足で試して見ます」


 リンカは半身に構える。

 そして、前蹴りを放つ。

 サンドバッグが揺れる。

 突きの時よりも大きく。


 リンカは手甲と脚甲をジッと見つめる。

 どこか、納得がいっていない様子だ。


「全然ダメですね……でも、面白そうです」


 素人であれば気がつかないだろうが、リンカのフォームは自己流。

 拳や脚に最大限の力を乗せられていない。

 そのことは、本人が一番自覚しているだろう。

 一度、体術の本職に教わった方が良い。


 その後、他の4セットも試して見たが、最終的にリンカが選んだのは、最初に試したヤツだった。


「これにします」

「おお、さすがはお目が高い。そちらは当店で一番高いセットです」

「そうだったんですね」

「では、こちら、調整いたしますので――」

「このハカマもお願い出来ますか? スリットを入れたいです」

「承知いたしました。一度、店内に戻りましょう」






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『休日のお買い物(3)』


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