第217話 ボルテンダール墳墓攻略一度目(7)


「質問は済んだか? じゃあ、冒険再開だ! ついてこい!」

「エルティア、待つッス」


 歩き出した彼女をアンガーが引き留める。

 アンガーも彼女を呼び捨てだ。


「ん? どうした?」

「この先は罠だらけッス。気をつけるッス」


 アンガーの能力は敵だけでなく、罠も察知できる。

 俺たちは警戒するが、一人だけお気楽な態度だ。


「ははは。心配無用だ。ダンジョンの罠なんて、数え切れないほどくぐり抜けてきたぞ!」


 数え切れないほど……10までは数えられたっけ?


 そんなことを考えているうちに、エルティアは制止も気にせずに進んで行く。


「大丈夫かな?」

「まあ、本人がああ言ってるんだ。大丈夫だろう」


 エルティアの精霊術の強さはさっき見たばかりだ。

 本人がバカだけに、精霊に愛される――確かにその通り。

 きっと、精霊が守ってくれるだろう。


「あっ、危ないッス。そこ、罠ッス!」


 アンガーが指差したその先、不自然な出っ張りがある地面を――エルティアは「ん?」と踏みつける


 ――カチッ。


 壁から矢がエルティアに向かって飛び出し――突然、土壁が現れ、矢を受け止める。


「どうだ、この通りだ!」


 本人は無傷だ。


「凄いですね!」

「うわ、いいなあ」


 二人は感動している。

 まさか、自分の意思がなくても、精霊が守ってくれるのか……。

 確かに凄いな。


 それと同時にエルティアが「罠は平気だ」と言っていた理由を理解する。

 きっと、今まで罠は全部踏んだ上で、精霊に守ってもらう――力技で乗り切ってきたのだ。


「罠よけに使えるね」

「たしかに」

「楽ちんかも」

「でも、本当に大丈夫ですか?」

「まあ、本人がそう言ってるし、本当にヤバかったアンガーが止めてくれるだろう」

「勿論ッス。ただ、聞いてもらえるかは分からないッス」

「そうだよなあ」


 普通のダンジョンとは違い、ここは元SSSギフトの持ち主であるボルテンダールが造り出した試練の場。

 油断は出来ない。出来ないはずなのだが……。


「どうした? 置いていくぞ?」

「ついて行こう」

「そうですね」

「だね」


 やらかしそうならば、腕を掴んで引き留めればいい。

 俺たちは急ぎ足でエルティアを追いかける。


 ――数分後。


 飛んでくる矢

 地面から生える槍。

 天井から落ちてくる岩。


 エルティアは見事に全部の罠を発動させ、精霊のゴリ押しで突破して来た。


「姐御」

「どうしたの?」

「この先はヤバいっす。本当にヤバいっす」


 アンガーが叫ぶ。

 俺は考える前に身体が動いた。


「エルティア。止まれ!」

「なに、罠など、恐れるに足らん!」


 エルティアはピタリと脚を止める。

 そして、振り返って、笑顔を向ける。


「止まれ!」

「むっ、分かった」


 俺の真剣な顔と声で理解してくれた。

 良かった。

 さすがに、これで止まらなかったら、一緒に冒険は出来ない。


「俺がリーダーだ。勝手なことをするなら、帰ってもらう」

「…………分かった」


 キツ目に言ったのでしょげるかと思うが、意外にもエルティアはより一層、破顔する。


「やけに嬉しそうだね」

「ああ、私は嬉しい。こんなことは初めてだ!」

「なにが?」

「さっき、いろんなパーティーに入ったと言ったがな」


 エルティアは嬉しそうに言葉を続ける。


「皆、私に気を使ってるのか、こうやって注意されたことがなかったからな」

「…………」

「命令されるとは良いものだな。レントは良いリーダーだ。そして、三人は良いパーティーだ。いっときでも、一緒に冒険できて、私は嬉しいぞ!」


 予想外の言葉に俺は彼女の本質を垣間見た気がする。

 彼女は確かにバカだ。

 底抜けのバカだ。

 だが、それだけ純粋なのだ。

 精霊に好かれる――その理由が分かった。


 俺の言葉を裏付けるように、風の精霊が彼女の周りでふわりと風を起こす。


「俺もエルティアと一緒で楽しいよ」

「そうかそうか。なら、良し」


 感情の変化は俺だけでなく、リンカも同じだった。


「ごめんなさい。正直、ただのバカだと思ってました」

「む! 失礼な。だが、許してやる。今の私は気分が良いからな」


 そして、ラーシェスも。


「ボクもエルティアがずっとギルドマスターをやってるのが疑問だったけど、納得したよ」


 確かに、ラーシェスの言う通りだ。

 俺も疑問に思っていた。

 この街の冒険者はエルティアが賢くないのを知っている。


 笑いのネタにする。

 バカだと揶揄する。

 呆れた顔を見せる。


 でも――。


 誰も本気で彼女の悪口は言わなかった。

 ギルマスであることに文句は言わなかった。

 その座を引き下ろそうとはしなかった。


 ――つまり、そういうことだ。


 俺もなんだかんだ言って、彼女に悪意を抱いていない。

 他の二人も。


「さあ、あらためて、進もうじゃないか!」

「エルティアの姐御、そこ、危ないッス」

「ああ、そうだったな」


 アンガーの呼び方も変わっていた。

 彼女を見直した直後、エルティアはさっそく罠を踏みそうになった。

 アンガーの制止がなかったら、間違いなく踏んでいただろう。


 やっぱり、評価をあらためた方が良いかな?


 エルティアをスッと罠を避けて進んで行く。

 俺たちもその後を続く。

 アンガーの声を聞きながら。


 今の俺たちは知らなかった。

 この先に、悪辣な罠が待っていることを。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『ボルテンダール墳墓攻略一度目(8)』


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