第210話 伯爵への報告


 プレスティトさんとの話し合いが終わり、俺はリンカとラーシェスと合流した。

 その足で、俺たちは伯爵邸に向かう。


「お父様、ご報告がございます」


 すっかり普段のラーシェスに慣れていたので忘れていたが、猫を被ったラーシェスはどこから見ても完璧な貴族令嬢の立ち居振る舞いだ。

 そのたたずまいに思わず見蕩れてしまう。


 その間にも、ラーシェスは流暢に、フラニスの試練について説明していく。

 それを聞いた伯爵は考え込む様子で、聞き入っていた。


「なるほど、そのようなことがあったのか。まさか、当家の先祖にSSSギフトの持ち主がおったとはな。ラーシェスが授かったのも、それが原因か」

「お父様はボルテンダールさんのことはご存じなかったのですか?」

「ああ。どこからかやって来た者で、墳墓を造った男だと言うことしか伝わっていない」

「お父様でも、知らなかったのですね。やはり、秘匿情報なのですね」

「うむ……」


 伯爵はしばし、思案する。


「ボルテンダール墳墓の試練をクリアしたら、また、なにか分かるかもしれん。話はまた、その後だな。どうだ、レント殿」

「俺たち三人なら、問題ないと思います」


 俺はまっすぐな視線を伯爵に向ける。

 俺だけじゃない、リンカもラーシェスも同じだ。

 視線を集めた伯爵は頷き、頬を緩めた。


「物は相談なんだが――」

「なんでしょうか」


 威圧感のある物言いで伯爵が切り出してきた。

 俺も気が引き締まる。

 緊張を誤魔化すように、俺はお茶を口に含む。


「娘を嫁にもらってくれないか」

「えっ……」


 思わず噴き出しそうになったお茶を必死で堪える。


「ちょっと、お父様」

「ですが……」

「ウチの娘では不十分かね?」

「いえ、そういうわけではないのですが……」

「身分差なら気にせずとも良い。ご先祖様の例があるからな。お互いSSSランクギフトの持ち主、なんの問題もなかろう」


 ここははぐらかしたり、冗談で流してはいけない。

 俺は本当の思いを誠実に伝える。


「俺は、そして、リンカもラーシェスも、世界の大きな流れに巻き込まれているようです」

「ふむ。そうらしいな」

「このような状況で、男女の関係は考えられません」

「そうか――」


 伯爵はどこか遠くを見つめるような視線をして――。


「分かった。だが、父の許可はここで与えておく。その気になったときは、いつでも遠慮することない」

「……」

「ラーシェス、そなたの思いはどうなのだ?」

「ええ……」


 ラーシェスも突然の話に、ついていけないようだ。


「私もレントさんと同じ意見です。今は強くなることだけで精一杯。恋愛を考える余裕はありません」

「そうか。だが、レント殿のことは悪く思っていないのであろう?」

「お父様……」


 娘のことは良く分かっているようで、ラーシェスは顔を赤くする。

 彼女は俺を見て、恥ずかしそうに顔をそらす。

 俺も耐えきれずに反対を向くと、リンカと目が合った。

 リンカはなんともいえない表情だ。

 怒っているわけでもなく、悲しんでいるわけでもない。

 俺は彼女の気持ちを推し量ることはできなかった。


「まあ、この話はいったん置いておこう。遅くなったが、礼を言おう」


 伯爵が頭を下げる。

 貴族の中には、平民に頭を下げるのは屈辱だと考える者も多い。

 だが、伯爵は違う。このお辞儀ひとつとっても彼の誠実さが伝わってくる。

 そして、その精神は娘であるラーシェスにも引き継がれている。


「たった一週間でも、領に十分に良い結果が得られている。感謝するぞ、レント殿」

「冒険者ギルドからなんとなく話は聞いているのですが、良い結果が出たようで俺も嬉しいです」

「ああ、他領から嫉妬されないように手回ししないとな」


 伯爵は破顔する。

 領地を支配する者の余裕が感じられた。


「【魔蔵庫貸与】は他領にも広まっているらしいじゃないか。嫉妬が収まるのも時間の問題だろう」

「争いごとにならなければ良いのですが……」

「まあ、多かれ少なかれ、トラブルは起こるだろう。だが、それはレント殿が気にすることではない。それを引き受けるのも、貴族のつとめだ」

「よろしくお願いします」

「そこで、争いに備えるためにも我が騎士団にも【魔蔵庫貸与】をお願いしようと思ってな。冒険者でなくても構わんのだろ?」

「ええ、問題ないです」

「ありがたい。そのお礼として、私はレント殿への支援を増やそうと思ってな」


 伯爵が合図すると、ずっしりと重そうな袋を執事の男が持ってきた。

 以前、ラーシェスを仲間に加えたときも資金援助してもらったが、今回はその何倍もありそうだ。


「なに。気にすることはない。レント殿のおかげで、我が領はその何十倍もの利益が得られる」

「ありがとうございます」


 ここで断るのは逆に失礼だ。

 俺は深く頭を下げて、謝意を伝える。


 昨晩の『流星群』からのアドバイスもあり、ここで一度、装備を整えようと思っていたところだ。

 早速、使わせてもらおう。

 とはいえ、今日はボルテンダール墳墓の様子見だ。

 明日にでも、三人で買い物に行こう。


「それと、先ほどの話では、ボルテンダール墳墓にはもう一人、加えられるのだろう? 良ければ、うちの騎士団から、人を出そうか」

「お心遣いありがとうございます。ですが、すでに決まっていますので」

「そうか、入らぬお節介だったな。だが、力が必要なときは、いつでも頼ってくれ」

「その際はよろしくお願いします」

「うむ、レント殿の更なる活躍。期待しておるぞ」


 こうして、伯爵への報告が済み、俺たちはボルテンダール墳墓に向かう。







   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『ボルテンダール墳墓攻略一度目(1)』


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