第206話 一週間の経過報告(1)
――翌朝。
昨日とは逆に、今日は俺の方がエムピーより先に目が覚めた。
昨晩は『流星群』のみんなと夜更けまで飲んだせいで、いつもより遅い目覚めだ。
にもかかわらず、エムピーは未だ夢の中。
例の『ガイドブック』について、ジンさんと真剣に話し込んでいたし、宿に戻ってからも、計算したり、紙に書きつけたりと、遅くまでがんばっていたからな。
本来、サポート妖精は食事も睡眠も入らない。
主の魔力が彼らのエネルギー源だ。
それなのに、食事も、お酒も、睡眠も楽しんでいる。
だいぶ
エムピーを起こさないように、そっとベッドから離れる。
チラと見ると、俺の枕にエムピーのヨダレが垂れている。
それを見て、思わずニヤリとしてしまう。
可愛いな。
サイズは小さいが、顔も身体も綺麗な女の子そのもの。
背中に羽が生えてるから、女の子っぽくても苦手意識を持たずに済んでいる。
もし、羽がなくて、人間サイズだったら――。
カーテンを開ける。
朝日は昨日よりも高い。
洋服を着替え、いつもは着ないフード付きの外套を身につける。
音には気をつけていたつもりだったが、エムピーが寝返りをうって目を覚ました。
「おはよぅござぃますぅ」
寝ぼけ眼をこすりながら、しゃべり方も寝起きそのもの。
エムピーの気が抜けている姿は珍しい。
俺だけにしか見せないのは、俺がマスターだからだ。
エムピーの気持ちまでは分からないけど。
「目が覚めた?」
「はい~。もう、大丈夫です~」
背中から生える四枚の透明なそれを羽ばたかせ、俺の肩にちょこんと乗る。
そして、俺の頬にチュッと口づける。
「おはよう」
俺はお返しに、エムピーの口元を人差し指で軽くトンとする。
指先からエムピーの口へと、俺の魔力が流れ込む。
「はふぅ~」
与えた魔力はたった50MPくらい。
それだけでも、エムピーの顔はふにゃっと崩れる。
これがエムピーのいつもの朝食だ。
ちなみに、マウストゥマウスは特別なときだけにしている。
俺はキスしているというドキドキがあるが、エムピーにとってはさらに特別なようで、蕩けきってしばらく使い物にならなくなる。
普段は、これくらいがちょうど良い。
「ますたー、ありがとうございます~。今日も元気いっぱいです~」
「良かったよ。じゃあ、行こうか」
「はいです~。今日は楽しみです~」
部屋を出て、隣の部屋をノックしてみたが、反応がない。
二人とも、俺以上に疲れ切っているのだろう。
今朝は、俺とエムピーだけの用事がある。
彼女たちは後から合流するので、それまでは休ませてあげよう。
朝食を済ませ、宿を後にした俺たちは、目的地に向かってメインストリートを歩いて行く。
急ぐ必要はないので、ゆっくりと。
朝の慌ただしい空気を感じられるのは、ゆとりがある証拠だ。
この一週間はそんな余裕もなかったからな。
今日はボルテンダール墳墓にトライするつもりだが、その前に二件の用事を済まさなければならない。
こちらは報告と今後の打ち合わせなので問題はないが、ひとつの課題がある。
それは――ボルテンダール墳墓に誰を連れていくか、だ。
ボルテンダール墳墓には本来はSSSギフトの持ち主しか入れない。
だが、たった三人でのクリアは想定していなかったようで、フラニスさんの計らいで、もう一人だけ連れて行けるのだ。
『流星群』か『双頭の銀狼』に頼めれば良かったんだけど、どちらも街を離れる。
この街に着たばかりの俺には、彼ら以外には伝手がない。
ラーシェスに聞いてみたけど、「特にこの人は」という当てはないそうだ。
仕方ないので、ギルドに尋ねてみようと思うのだが――。
まあ、こればかりは仕方ない。
なるように、なるだろう。
そのボルテンダール墳墓だけど、フラニスの試練と違って、今日は気楽だ。
昨日は、是が非でも、という気持ちで挑んだ。
しかし、今日は自然体で楽しもうと三人で意見が一致した。
そもそも、冒険は楽しいものだ。
厳しいときも、苦しいときもある。
だからといって、いつまでも気を張り詰めていたら、いつか緊張の糸がプツリと切れてしまう。
三人とも一週間で見違えるほどに強くなった。
努力で手に入れた強さは――自信に繋がる。
その自信を持って誰も知らない、未知のダンジョンに挑むのだ。
そう思うと、胸が高鳴り、笑みがこぼれる。
そうでなければ、冒険者じゃない。
一生に何度もない、最高の日だ。
目いっぱい堪能してやろう。
「るんるんるん~」
「朝からご機嫌だね」
「はい~。マスターに成果を伝えられるのが嬉しいんです~」
「ははは」
「エムピーの有用性をしっかりと示すです~」
彼女は浮かれ調子で俺の周りを、いつもより派手に飛び回る。
浮かれているのは俺も一緒だったようで、周囲の人の視線が集まる。
彼女の姿は他人には見えない。
はたからみれば、俺は独り言を言っているヤバいヤツだ。
慌てて声のボリュームを落とす。
知り合いの冒険者に見られなくて良かった。
念話に切り替えて、彼女と話しながら、最初の目的地である冒険者ギルドを目指す。
今日の最初の用事は――。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
次回――『一週間の経過報告(2)』
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