第204話 流星群と打ち上げ(3)


「ジン、例のヤツ」

「ああ」


 ジンさんがマジック・バッグからなにかを取り出し、ロジャーさんに手渡した。


「三人に餞別だ。まずはリンカ」

「あっ、ありがとうございます。これは?」


 ロジャーさんから受け取ったそれに、リンカは戸惑っているようだ。


「鉢金だ。知ってるか?」

「いえ、初めてです。どうやって使えばいいんですか?」

「レントは知ってるか?」

「ええ。使ったことはありませんが」


 鉢金はハチマキのように頭に巻くもので、額の部分に金属プレートが入っている物だ。


「じゃあ、レントがつけてやれ」

「はっ、はい」


 俺は鉢金を受け取り、リンカの背後に立つ。

 昨晩のことがあるので、緊張してしまう。


「えっ……」


 なにをされるのか分かっていない彼女の不安が、背中越しに伝わってくる。

 伝わってくる彼女の不安に、俺の手が汗で滲む。


「ほら、さっさとしろよ」


 ロジャーさんにニヤニヤ顔で急かされ、俺は覚悟を決める。


「リンカ、力を抜いて」

「はっ、はい」

「大丈夫だから」

「はっ、はい」


 なにが大丈夫か、俺自身もよく分かっていないが、その言葉が口をつく。

 リンカ以上に俺の方が緊張しているかもしれない。


「行くよ」

「はっ、はい」


 震える手で鉢金を持ち、両腕はリンカの頭上を通り越し、リンカの前へ。

 まだひたいには触れていないし、腕も背中も離れている。

 だが、少し体勢を変えれば、リンカを後ろから抱きしめるかたちになる。


 近距離でリンカの鼓動が伝わってくる。

 俺の鼓動も伝わっているかもしれない。


 スカイブルーの髪から芳香が漂ってきて、頭がクラクラする……。


「リンカ、前髪を上げて」

「はっ、はい」


 あらわになったおでこに、ゆっくりと鉢金を近づける。

 ピタッと合った瞬間――。


「はぅ」


 リンカが艶っぽい声を上げる。

 そういうつもりじゃないと分かっていても、俺の心臓は大きく跳ねた。

 そのせいで、腕が震え、リンカの耳にスッと触れる。


「ひっ」

「ごっ、ごめん」


 リンカは耳まで真っ赤だ。

 きっと俺の顔も、同じくらい染まっているだろう。


 それから、今度はリンカの身体に触れないように気をつけ、両腕をリンカの後頭部まで戻す。

 後は結ぶだけだが――。


 震える手がおぼつかない。

 これだと、満足に結べない。


「ちょっと、触るよ」


 声が上ずる。


「はっ、はい。優しくお願いします」


 リンカは混乱しているのか、場違いな言葉を口にする。

 そういう意味ではないと分かっていても、どうしても意識してしまう……。

 俺は頭を振って、意識を振り払う。


 なにも考えない。

 なにも考えない。

 なにも考えない。


 震える手を固定するために、両手の小指をリンカの頭に押しつける。


「はふぅ」


 なまめかしい声が聞こえるが――。


 なにも考えない。

 なにも考えない。

 なにも考えない。


 ポニテの邪魔にならないように、無心になって結ぶ。


「できたよ」


 まるで、ハードな一日の冒険を終えて、街に帰ってきたときのような、達成感と脱力感に、身体の力が抜ける。


「あっ、ありがとうございます」


 リンカは確認するように、鉢金の額部分に触れる。


「これが……鉢金……」


 そこにロジャーさんが大笑いをする。


「わっはっはっ。お前ら、いい年してんのに、子どもか?」

「初々しくて、可愛かったわ」


 ナミリアさんにも笑顔を向けられる。

 大人な二人からしたら、さぞや、青臭く見えただろう。


 そう思うと、身体がカッと熱くなる。

 チラと見ると、リンカも茹でダコみたいになっている。


「最初は皆、そうだ」


 フーガさんが落ち着いた声で告げる。


「おお、さすが既婚者は言うことが違うな」


 ロジャーさんが茶化すが、フーガさんはまったく表情を変えない。

 怒っている様子はない。

 これが二人の関係性なのだろう。


「リンカはともかく、レント――」

「なんですか?」

「今度、イイ店に連れてってやるよ」


 イイ店……どんな店を指しているのか、それくらいは俺でも分かる。

 俺はそんな気はないが、ロジャーさんに強引に誘われたら、断れるだろうか……。


「ダメです!」


 俺が返事するより先に、リンカが大声をあげた。

 皆の視線が彼女に集中する。


「あっ……」


 リンカは恥ずかしくなったようで、口をつぐむ。

 彼女もイイ店がなんなのか、分かっているのか。


「ああ、はいはい。二人とも、気にしなくていいからね」

「痛えよ」


 ロジャーさんが嬉しそうにしゃべろうとしたところ、今度はナミリアさんのツッコミが入る。

 ナミリアさんに耳を引っ張られ、ロジャーさんが文句を言う。


「どんなお店なの?」


 ラーシェスは分かっていないようで、素でロジャーさんに尋ねる。


「ラーシェスちゃんは、まだ知らなくて良い話よ」

「うーん、気になるなあ」


 貴族令嬢の彼女が知っているはずはない。

 それに15歳だ。

 彼女にはまだ早い。

 皆、そう思っているだろうが、ロジャーさんはお構いなしだ。


「それはな――」

「はいはい」

「だから、痛えって」


 二人のやり取りを見て、ジンさんが呆れた声で言う。


「おいおい、この茶番いつまで続くんだよ」

「おう、すまんすまん」


 赤くなった耳をさすりながら、ロジャーさんが頭を下げる。

 軽い調子で謝っただけだが、ナミリアさんはそれ以上追求しない。

 いつものことなのだろう。


 空気が戻ったところで、リンカが尋ねる。


「どうして、これを私に?」

「ジン、説明してやれ」

「【壱之太刀】は全身強化される。だから、剣だけでなく、身体全体で攻撃した方がイイ。肘、膝、蹴り。そして――頭突き」


 ジンさんは全身を動かしてみせる。


「そのための鉢金だ。後は、脚甲・手甲もあった方がいいが、そっちは自分に合う物を揃えな」

「はいっ! ありがとうございますっ!」


 元の顔に戻ったリンカがお礼を言う。

 俺も気になったことを尋ねる。


「これ、ミスリルプレートですよね?」

「ああ、気にすんな。たいした額じゃねえ」


 ロジャーさんはサラッと流す。

 だが、このプレートは5センチかける10センチほど。

 厚さはそれほどでもないが、ミスリル製だとそれなりの値段になる。


「それにスパイダーシルクですか?」

「そうだな。それくらいじゃないと、リンカの攻撃に耐えられないからな」


 上位の蜘蛛型モンスターから手に入る糸で織られた生地。

 こちらも高価な素材だ。


「結構な値段になるんじゃ……」

「【魔蔵庫貸与】があれば、それくらいすぐに稼げる」


 ロジャーさんはなんでもないように答え、続けて言う。


「じゃあ、次はラーシェス」






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『流星群と打ち上げ(4)』


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