第187話 試練の朝

「マスタ~、マスタ~、起きてください~。朝です~」


 エムピーに額をペチペチと叩かれ、目を覚ます。

 窓から差す柔らかな光が、まぶたの奥から眠気を追い払う。

 それと同時に、昨晩の葛藤も――。


 上体を起こすと、身体がふわりと軽く、頭の中はスッキリと爽快だ。

 ベッドから下りて、彼女に話しかける。


「ありがとう。時間はまだ大丈夫?」

「エムピー時計は今日もバッチリです~。利息計算には時間管理が必須です~」


 彼女は軽やかに羽を羽ばたかせ、俺の周りをゆらりゆらりと飛び回っている。

 寝間着を着替え、冒険者へと心を切り替えていく。


「ずいぶんとご機嫌だね」

「はいです~。今日もいっぱい魔力消費するです~」


 朝日がキラリと反射する瞳が蕩け、首元を撫でられた猫のように細まる。

 彼女は魔力の貸し借りが大好物だけど、俺が魔力を使うのも美味しいらしい。

 とくに、大量の魔力消費は極上のスイーツなんだとか。


「それも今日までだけどね」

「残念ですけど、マスターの成長は嬉しいので、我慢します~」


 決意を彼女に伝える。

 連日の大量消費は今日のため。

 それを今日で終わらせる。


「その分、ガンガン貸して、ガンガン取り立てるです~」

「そっちの方はどうなの?」

「順調です~。明日、プレスティトから報告があがるです~」


 【魔蔵庫貸与】についてだ。

 このスキルを覚え、パーティーメンバー以外にも魔力を貸し付けることが可能になった。

 しかも、直接やり取りする必要はなく、冒険者ギルドに預けてある契約書にサインするだけで手続きは完了する。


 エムピーが仕切ってくれているおかげで、俺は一切、煩わされることがない。

 仕事を押しつけているようだが、エムピーは「ご褒美です~」と大喜びで張り切っている。


 そして、ギルド側の窓口は新設された『魔蔵庫貸与課』で、担当するのはギルド職員のプレスティトさん。

ポンコツギルマスの娘とは信じられないほど有能で、母に代わってギルド業務を一手に引き受けている。

 彼女が回してくれているので、大きなトラブルは発生していない。

 エムピーも「優良窓口です~。後はもっと営業を増やしてくれれば文句なしです~」と彼女を認めていた。

 エムピーが言うには――。


 借りたい人に貸すのは当然。

 借りたくない人に貸そうとするのは時間の無駄。

 どちらか悩んでる人に貸し付けるのが営業の仕事。


 ――ということらしい。


 毎日、魔蔵庫で確認しているので、数値は知っている。

 だが、実際に借りた人の意見や感想、今後のプランについては、プレスティトさんからの報告を待つしかない。


 俺が上着を羽織るとその肩にエムピーがフワッと着陸する。


「マスター、今日も頑張りましょう~」


 その脳天気とも言える声に、肩が軽くなる。

 うん。そうだ。「今日は」じゃなくて、「今日も」だ。


「エムピーの言う通りだ」


 思わず頬が緩む。

 エムピーに「お礼だよ」と、人差し指を近づける。

 彼女がそれパクッと咥えるのに合わせて、魔力を50MPほど流し込む。


「はふぅ~」


 彼女は恍惚の笑みとともに、腰砕けになり、俺の方にへばりつく。


「マスターの魔力は甘露でしゅ~。蕩けましゅ~」

「じゃあ行こうか」

「いきましゅ~」


 ドアを開けると、同じタイミングで隣室のドアも開く。


「あっ、レント、おはよっ」


 ラーシェスは元気よく手を振ってくる。

 その肩には白い毛並みのイータ。

 白い毛は魔力でお腹がいっぱいの証拠。

 満足そうにゴロゴロと喉を鳴らしている。


「おっ、おはようございます」


 リンカと目が合うと、彼女はポッと顔を赤くして、俺から視線をそらす。


「レントの兄貴! おはよっす! 俺っちは今日も絶好調! 夜露死苦ヨロシクッス!」


 主とは対照的に、アンガーは朝からハイテンションだ。

 コイツもリンカから魔力をもらったんだろう。


「じゃあ、行こうか」

「うん!」


 ラーシェスが先頭に立って歩き出すと、リンカが俺に近づいてくる。

 そして――。


「昨日のことは忘れてください」


 と耳元で囁かれた。

 耳まで真っ赤になっている。


「うっ、うん」


 とりあえず、この問題は後回しにしようと、俺とリンカは合意した。

 それよりも、今日の試練だ。

 気持ちを切り替えていこう!







   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『フラニスの試練、再度(1)』


飯島しんごう先生によるコミカライズ2巻、発売中です!



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