第186話 ロジャーとフーガと(3)


「フーガは結婚している」

「えええ」


 衝撃的な事実に、手に持っていたグラスを落としそうになる。

 無口で感情を表に出さないフーガさんが?

 『流星群』で一番こういう話に縁がなさそうなのに。


「とある街を訪れたときな、その街一番の踊り子がフーガに惚れ込んでな。周りが引くくらいの猛アタックだったぜ」


 確かに、フーガさんは格好いいし、ミステリアスな雰囲気は女性には魅力的かもしれないが……。

 なにがきっかけだったんだろうか。


「フーガも最初は相手にしてなかったんだが、根負けしてくっついちまった。いやあ、みんな信じられねえって、驚いていたぜ」


 ロジャーさんが言うように、相当なアタックだったのだろう。

 チラリとフーガさんにを見るが、他人事のようにいつも通りの無表情だ。

 少なくとも、俺の目にはそう映る。


「良い女だぜ。見目麗しく、愛嬌があって。そして、男を見る目がある」


 フーガさんに視線を向けると、今度はグラスの中に小さな波が見えた。

 ロジャーさんは続ける。


「今じゃ、メルバの街に家を構えてる。なあ、フーガ」

「それで大迷宮に挑んでるんですか?」

「まあ、それもひとつの理由だな」


 さり気ない風を装うけど、ロジャーさんはいつも、仲間のことを気にかけている。

 それだけでなく、俺のような後輩冒険者の面倒見もいい。

 理想の兄貴だ。


「そういや、子どもはまだか?」

「まだ、俺の冒険は終わっていない」

「子どもが出来たら引退するってな、まあ――」



 ロジャーさんはそこで、グラスを傾け。


「こっちとしては辞めてもらいたくないが――無事に冒険者を引退できるなら、それほど幸せなことはない」


 多くの者が引退するのは三十代だ。

 自分の限界を感じたり、別の道を見つけたり。

 フーガさんのように、家庭を持つ者もいる。


 だけど、それはごく一部。

 ほとんどの者は冒険の半ばで帰らぬ人となる。

 ロジャーさんの言う通り、生き延びただけで冒険者としては大成功なのだ。


 それに対して俺は――。

 きっと死ぬまで戦い続けるしかない。

 それが――SSS七罪(Stigma of Seven Sins)の呪い。

 規格外の強さを得る代償に、呪われた運命からは逃げられない。


 暗く沈んだ俺を察したのか、ロジャーさんがつとめて明るい声で告げる。


「明日からは本気出すぜ」


 リンカとラーシェスが離れ、ナミリアさんが戻る。

 『流星群』万全の体制だ。


「手応えはどうですか?」


 俺も気持ちを切り替え、笑顔を作る。


「第五エリア。まあ、なんとかなるだろ」

「やっぱり、一人加わるだけで全然違うんですよね」

「おうよ」


 ロジャーさんが頷いたところで、フーガさんが口を挟んで来た。

 静かに飲んでいたが、こちらの話はちゃんと聞いていたらしい。


「パーティーメンバーは足し算じゃない。かけ算だ」

「かけ算……」


 彼の言葉にハッとする。

 あまり喋らない彼の言葉だけに、その重さは腹の底までズシンと響いた。


「まあ、そういうことだ。それが出来て、初めて本当のパーティーだからな」


 ――今は俺が先行しているが、三人並んで戦えるようになりたい。


 さっきの自分の思いが間違っていたと気付かされた。

 三人並ぶだけじゃ足りないんだ。

 お互いが相手の良いところを引き出す。

 それを目指すべきなんだ。

 とくに、俺はサポート役。

 誰よりもそれを忘れてはならない。


「そんな顔すんなよ。お前たちなら、すぐだろ」


 さも当然という調子でロジャーさんはナッツをかみ砕く。

 そして、冒険者の目つきになった。


「緊急貸与をお願いするかもな」


 緊急貸与――それは【魔蔵庫貸与】のふたつある機能のうちのひとつ。


 通常の貸与は魔力量や返済実績によって借りられる魔力には上限がある。

 それに対し『緊急貸与』の場合は、貸し出し量に上限がない。

 その代わり、利息は9割。しかも、1週間以内に返済しなければならない。


 まさにどうしようもない危機的な状況に使用することを想定した貸し出し方法だ。

 いくら利息が高かろうと、命の値段に比べたら安いものだ。

 『緊急貸与』によって、多くの者が命を拾う。

 救世主といえるが――。


 それはあくまでも表の顔。

 その裏には悪意が潜んでいる。

 どこまでも底意地の悪い悪意が。


 『緊急貸与』という名だが、別に緊急な場合でなくても使用可能だ。

 それこそが罠。

 軽い気持ちで乱用すると、すぐさま返済不能になり――リボ地獄へまっしぐらだ。


「安心しろ。欲に溺れるようなら、Aランクにはなれねえよ」


 その言葉が「Aランクになれず、Bランクで崩壊したパーティー」を差していることは明らかだった。


「感謝してるぜ。これでまた一段、高みに上がれる」


 真っ直ぐに前を向いた顔だ。

 冒険者に成り立ての少年のように、希望の未来しか見ていない。見えていない。


「砂漠は腕試し。本命はメルバ大迷宮――」

「じゃあ」

「第8階層、制覇してみせるぜ」


 メルバ大迷宮第8階層。

 未だ踏破者のいない領域。

 冒険者の最先端。


 彼らなら、それを成し遂げられるだろう。


「早く追いつけよ。一緒に冒険しようぜ」

「ええ、三人で追いついてみせますよ」


 最後に杯を交わし、俺たちは酒場を後にした――。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『試練の朝』


飯島しんごう先生によるコミカライズ2巻、2月9日発売です!



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