第184話 ロジャーとフーガと(1)

「ナミリアが、残念がってたぞ」


 空になったグラスを置き、二杯目を注ぎながらロジャーさんが言う。

 言葉の割りには、目元が緩んでいる。


「おっと」


 彼は零れそうになった蒸留酒をすする。

 あまり上品な飲み方ではないが、冒険者はそんなことを気にしない。

 彼はそのままグラス半分ほどまで一気に飲んで、グラスを下ろした。

 俺もグラスをチビリと舐める。

 昼間は褒めてくれたが、俺の成果が彼女が想定した基準に達していなかったのだろうか。


「残念ですか?」


 不安になってロジャーさんを見ると、彼はニカッと子どものような笑みを浮かべる。


「もっとレントと一緒にいたかったってよ。予想以上の成果で、今はこれ以上、教えることがないってな」

「そういう意味ですか。驚かせないでくださいよ」


 ホッとひと安心。ナッツをつまみ、噛み砕く。


「アイツほどの努力家は知らねえ。そんなアイツが手放しで褒めるんだ、それだけの根性を見せたっつうことだ」


 たしかに、今回の修行は死ぬほどツラかった。

 一人だったら、投げ出していたかもしれない。


「ナミリアさんとシャノンさんのおかげですよ」


 この一週間、毎日6万MPくらい使った。

 【自動補填オートチャージ】のおかげで、いくらでも魔力を注ぎ込めるので、全魔力を費やしたのだ。

 今までも魔法を連発してきたが、ファイアボールなどLV1の魔力消費量が少ない魔法ばかりだ。

 なので大したことないと思っていたのだが、魔力の大量消費は想像を絶するツラさだった。

 夕方になると、立っているのもしんどくて、宿に戻るとすぐに寝てしまった。


 修行を乗り越えられたのは二人のおかげだ。


「いや、お前はスゲー奴だよ。あれから一ヶ月くらいだろ」

「そうですね」


 ガイたちとの件からまだ一ヶ月か。

 この一ヶ月は、色々ありすぎて、濃い日々だったので、ずいぶんと昔のように感じる。

 すっかり忘れていて、こうやって誰かに聞かれない限りは思い出すこともない。


「ナミリアの相手は大変だったろ?」

「そんなことないですよ」

「そういうところが、お前の凄いところだよ。昔からブレてねえ」

「アイツは厳しいからな。誰よりも自分に厳しい」


 確かに要求された基準は高かった。

 でも、それは俺なら出来ると信じてくれたからだ。


「だから、他人にもそれを要求しちまう」


 彼女は最初から『流星群』にいたわけではない。

 詳しい過去はしらないが、ロジャーさんの口ぶりでは、以前のパーティーでは彼女の期待に応えられなかったのだろう。


「ウチはこんな奴らの集まりだからな」


 フーガさんに視線を向け、ロジャーさんは笑顔で告げる。

 フーガさんは小さく頷いた。


「ナミリアさんを一週間もお借りしてすみません」

「気にすんなよ。【魔蔵庫貸与】じゃあ、コッチの借りの方が大きすぎる」

「俺のユニークスキルですから。誰かの役に立てれば嬉しいです」


 誰かを幸せにするのも、不幸にするのも、俺のさじ加減。

 それが俺のSSSギフト【無限の魔蔵庫】だ。


「まあ、借りがなくても、レントには協力したけどな」

「そうですか?」


 今回だけではなく、以前のパーティーにいた頃から、なにかと気にかけてもらった。

 ありがたい反面、不思議でもある。


「お前には期待してんだよ。面白くなりそうな匂いがプンプンしてる」

「なあ、フーガ」


 ロジャーさんがフーガさんに話を振る。

 フーガさんとはまったくといって良いほど、口を利いたことがない。

 どんな答えが返ってくるかドキドキしていると――。


 ここに来て、初めてフーガさんと視線が合った。


「良い冒険者だ」


 短い返事。

 滅多に喋らない彼の言葉は、どれだけ言葉を重ねられるよりも嬉しかった。


「ありがとうございます」

「ジンもコメットも同じ気持ちだぜ。まあ、一番はナミリアだけどな」


 ロジャーさんは笑う。


「それで、手応えはどうだ?」

「どれだけの試練か分からないので、やってみないと分からないです。でも――」


 正直、どれだけ要求されるか知らないので、ハッキリとしたことは言えない。

 でも、俺はロジャーさんの視線に応えるように、彼に強くを送る。


「やれることは全部やりました。なので、自信はあります」


 失敗しても再トライは出来るが、明日決めてみせる。

 俺の言葉をしばらく堪能するようにしてから、彼は返事する。


「良い返事だ」


 さっきのフーガさんの言葉を真似たのだろう。

 フーガさんを見て、嬉しそうにグラスを傾ける。


「なあ、フーガ」


 今度は応えず、頷くだけだった。

 でも、さっきより大きく頷いたように感じられた。


 俺の話がひと段落したので、今度はお世話になった二人のことを尋ねてみる。


「リンカとラーシェスはどうでした?」






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『ロジャーとフーガと(2)』


飯島しんごう先生によるコミカライズ2巻、2月9日発売です!



楽しんでいただけましたら、フォロー、★評価お願いしますm(_ _)m

本作品を一人でも多くの方に読んで頂きたいですので、ご協力いただければ幸いですm(_ _)m


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る